2018年9月20日

最初で最後の一葉

小学生の頃、通学路の途中に、桑畑があった。

養蚕農家が、あったのだろう。

そこでは、蚕が、懸命に桑の葉を食べていたはず。

それを、人生に例えてみる。

自分の人生は、一枚の桑の葉。

それを、食べ終われば、人生も終わる。

でも、食べ初めの頃は、広い葉っぱ。

だから、いつまでも、食べ続けられると思っている。

また、食べる場所によっては、甘かったり、酸っぱかったり。

それでも、まだまだ、食べられる‥‥

果たして、自分は、繭を作ることが、出来るのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月19日

範囲の外に出てしまったら

私の両腕は、麻痺の度合いが異なる。

左腕の方が麻痺少なく、可動域が広い。

よって、容器を持つ手は、左となる。

さすがに、利き腕ではないため、箸までは持てないが。

そんな左手を使い、いつものように、コーヒーを飲んでいた。

飲み終わり、コーヒーカップを、身体の右側へ、移動させようと、持ち替える。

右手に渡されたカップが、テーブルの上を移動していく途中で、落ちてしまった。

右腕の可動域外まで、動かしたからだ。

45度以上開くと、筋力ゼロとなる。

おそらく、文字では伝わらないだろう。

ただ、そういう身体を、持っているだけのこと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月18日

分かりやすいバリアフリー

車イスの身体になって、20年弱となる。

その間に、最も変化したのが、外出時のトイレ事情だろう。

以前は、どこかへ外出しようとしても、躊躇した。

トイレがどうなってるか、分からなかったからだ。

しかし、今では、あちこちに身障トイレがある。

20年の間に新設された、各種建築物や公園。

それらが大型であれば、まず間違いなく、身障トイレが付随する。

だから、目的地にトイレがなくとも、その前後で探せば良い。

これは大きなアドバンテージ。

外出する際のためらいなど、どこ吹く風に。

だからといって、外出機会が増えたわけでもないのは、ご愛嬌。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月16日

一見にしかず

百聞は一見にしかず、ということわざ。

要は、経験しろということだろう。

仮に、何かの解説書があるとする。

経験者にとっては、その説明の優劣が分かるだろう。

いかにも正しそうな論調だが、的外れということも。

中途障害者にとっては、それが日常茶飯事。

空虚なバリアフリー論など、吐くほどある。

まさに、頭の中で、考えただけだな、と。

問題なのは、そんな虚論が、大手を振って歩いていること。

というのも、健常者には、そちらの方が、分かりやすいのだ。

しかし、あくまでもそれは、健常というフィールド上でのバリア。

障害というフィールドに立てば、バリア自体が、変わってくる。

しかし、一見せねば、理解不能。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月14日

縦軸と横軸

今年の夏は、暑かった。

軽症ではあったが、熱中症にもなった。

そんな夏も、どうやら終わったようだ。

朝晩の涼しさが、それを物語る。

そんな秋が深まり、冬の足音が聞こえだす頃、忘れてるだろう。

今夏の猛暑のことを。

そんな思いに耽る暇もなく、寒い寒いと、ぼやいていよう。

そんな季節の流れは、人生の横軸だ。

では縦軸には、何を据える?

人生の目的以外、思いつかない。

横軸には、限りがある。

なのに縦軸、伸びていないぞ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月13日

内なる力に目を向けて

あれが良いと聞けば、あれ試し、これがと聞けば、これ試す。

病で気が弱くなると、その罠にはまってしまう。

病を治すのは、自己の治癒力。

だから、治るものもあれば、治らぬものもあるわけで。

しかし、人の気持ちとしては、「治したい」が強い。

だから、藁にもすがってしまう。

冷静に振り返れば、分かるだろう。

藁は、所詮、藁でしかない、と。

自分の治癒力は、外の藁にあるわけじゃない。

すでに、己の中に、持っているのだ。

ただ、その取り出し方を、知らないだけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月12日

ひとつの眠りから

これが本当の意味で、熟睡だったのか。

そういう体験をした。

就寝したのは、いつものように、午後10時過ぎ。

そのまま、深い眠りに就いたのだろう。

ハッとして目覚めた瞬間「しまった、寝過ごした」と。

しかし、時計を見て、あ然。

針は、10時30分だったから。

つまり、寝ついてから、15分しか経っていなかったのだ。

なのに、寝過ごしたと感じるほどの熟睡感。

もう、このまま起きても、大丈夫のような感覚に。

これは、貴重な体験。

これからの睡眠の質を測る、バロメーターとするつもり。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月11日

見えなくともそれなりに

十年一昔などと言われる。

10年間というのは、それなりに長い時間なのだ。

どういうことだって、10年も続けていれば、それなりの形になっているはず。

なのに、自分には、そういうものが無い。

そう断じてしまいがち。

というのも、その形が、目に見えるものとは限らないから。

でも、何もしていないようで、やはり何かはしている。

それを自覚したのが、1冊の本。

10年前に購入し、数回読んでいる。

その本を、改めて、読み直してみた。

新たな気づきが、次から次だった。

10年間、ただ、ボ〜ッと過ごしていただけ、ではなかったようだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 9日

そういえばそうだった

先日、一年ぶりくらいに、書店へ出向いた。

そして、そういえば、そうだったことを、思い出す。

車イスで手に取れるのは、平積み本のみ。

書棚に面白そうなタイトルがあっても、届かないのだ。

店員の助けを借りれば、手に取ることは出来る。

しかし、購入するかどうかは、分からない。

それを戻してもらい、また違う本を、取ってもらう。

何度も、繰り返し出来るものじゃない。

だから、足が遠のいたのだった‥‥

これは、本に限った話じゃない。

車イスで、ストレス感じる場所、全てから足が遠のいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 5日

ただ自分にとって

私の身体は、あちこち麻痺している。

よって、思うようには、動かせない。

その不自由な身体で、何かをやろうとすれば、工夫が必要。

通常なら、面倒なことだろう。

ところが、幸いなことに、それを面白がれる。

自分なりに工夫し、いろいろ、やってみることを。

だから、素直に、思えるのだ。

動かなくなった身体でも、辛いばかりじゃない、と。

とはいえ、一般人には、無縁の世界。

よって、分かってもらおうなんて、露ほども思わない。

ただ、自分にとっての、縁ある世界。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧