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2019年5月11日

他人の善意が前提では

この社会、健常者が、快適に生活できるよう、構築されてきた。

多数が快適でないと、意味がない。

その理屈は、当然で、納得も出来る。

だから、後は、少数をどうするか?

徐々に整備されつつあるとはいえ、基本は変わらない。

それは、多数者の善意に基づく、少数者の快適さ、ということ。

例えば、駐車場の身障スペースが、良い例だろう。

健常者が、善意で以って、駐めないから、車イスの人間が駐められる。

善意を持ち合わせていない健常者なら、平気で、駐車するわけで。

少数者は、普通に暮らすだけでも、一苦労、余計にかかる。

その上で、他人の善意に、すがらないといけないとか、何かが違うと感じるわけだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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