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2019年5月31日

どうしてもの状況で

毎日、多種多様なニュースが、流れて来る。

それでも、すべてを網羅しているわけじゃない。

マスコミ媒体のフィルターを、通したものだけだ。

すると、本当に必要な情報を得ているのか?

そんな疑問を、持ってしまう。

それでも、今は、ネット検索で、あらかたは知ることが出来る。

しかし、限界は有るのだ。

そのニュースや情報自体が、アップされていなければ?

そうなると、もう、知る術はない。

なのに、どうしても、知りたいことだったらどうするか?

自分で答えを、導き出すしかないわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月30日

最悪避けるを優先し

入院していても、外出、外泊は可能だ。

それを利用し、外食に誘われたことがある。

近くに、美味しい店があるから、と。

せっかくのお誘いだったが、断った。

というのも、その店の仕様が、分からなかったから。

一般的に、車イスで利用可能かどうか、意識されない。

だから、行ってはみたものの、なんてことは多々ある。

その結果、相手に恥をかかせるくらいなら、最初から同行しない。

最良の結果は得られないが、最悪の事態は避けられる。

この最悪の事態は、心身ともに応える。

ただ、周りの人には、なかなか、分かってもらえないが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月29日

相対の難しさ

世の中にある、善と悪。

その振り分けは、ほぼ受け手側に、委ねられる。

こちらが、いくら良かれと思っても、受け手が認めなければ、ありがた迷惑。

まさに、善意の押し売りに。

だから、難しいのだ。

その見極めが。

おまけに、見極めたと思っても、相手の気持ちが、動いている場合も。

こうなると、もはやカオスだ。

一体、何が善で、何が悪?

訳が分からぬまま、時だけが過ぎて行く。

こんなことで、大丈夫なはずもなし。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月28日

宝探しをやってみる

卑しい顔を見たければ、議員先生の顔を見ろ。

そう言われて、つい、納得してしまう。

しかし、これは、ある意味、不幸な状況。

なぜなら、自分たちの代表が、卑しい顔だから。

いつの間に、こうなったのだろう?

議員といえば、汚職や不正。

そうじゃないと、反論するのも、馬鹿らしくなるほどだ。

そういう中に、志高い人を、探してみる。

すると、埋もれていた宝に、巡り会える。

これを、議会という狭い世界から、社会全般へと広げてみる。

世には、志高い人が、溢れているもので。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月27日

自我そのままの恐ろしさ

自我の特徴として、自分に都合の良いものを見ようとする、がある。

若々しいのが良いと思う人は、しわを嫌悪する。

その結果、しわひとつない、70代が出て来る。

見ているこちらが、痛々しくなる。

なぜ、あるがままを、受け入れないのか?

まさに、自我のなせる業だろう。

とはいえ、自分で修正出来ないのも、自我の特徴。

だからといって、祈っても仕方ない。

正しい教えに、触れることが、薬となる。

それを見誤るから、迷信や似非宗教が、横行することに。

自分に都合の良い教えが、一番と思い込むから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月26日

梅雨遊び

そろそろ、梅雨入りの季節と、なって来た。

となれば、雨続きで、鬱陶しさを。

しかし、これは、毎年のこと。

鬱陶しがるだけでは、能がない。

いくら晴天が好きだと言っても、そればかりが、続くわけじゃない。

そんな中、雨天を嫌えば、嫌った分だけ、損をする。

晴天もあれば、雨天もある。

そのどちらにも、好感を持てれば、まさに両得。

晴れても良し、降っても良しと、なるからだ。

それを、梅雨の季節に、どう構築するか?

初めての思い付きな分、試行錯誤も面白く。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月25日

普通の幸福

普通のことが、普通に出来る幸せ。

一体、どれくらいの人が、噛みしめているだろう?

こう書くと、次のような反応をされる。

歩けなくなったから、歩けることの素晴らしさに、気づいたのだろう、と。

確かに、それはある。

歩けるのに、歩こうとしない怠け者など、私にとっては、どうでもいい。

そうではなく、歩けなくなったからこその、普通だって、存在するということ。

というのも、歩けない状態こそが、私にとっての普通。

その異質な普通の中でも、出来ることは、山ほど有る。

麻痺した腕で、車イスを漕ぐ。

大変な作業でも、出来ることが、幸福なのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月24日

だから言わんこっちゃない

「焦りは禁物」とか、言われずとも、承知している。

しかし、実際、焦ってしまうことがある。

そして、その状況においては、失念しているもの。

「焦りは禁物」だということを。

だから、その前に、手を打つ必要がある。

決して、焦ることの無いように。

これが、想像以上に、手間暇かかる。

なぜなら、これが焦りの原因、というものがハッキリしないから。

よって、焦りに繋がりそうなものを、片っ端から排除していくことに。

実際やろうとすれば、面倒この上ないわけで。

結局、ついつい妥協してしまう。

結果は、火を見るより明らかに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月23日

任せ切れば安心できる

ちょうど19年前の今日、救急車で、病院に担ぎ込まれた。

日々、動かなくなる身体を前に、死の恐怖と闘っていた‥‥

と書けば、ドラマチックだろうが、実際は異なる。

死の恐怖自体は、病院に行く前、ピークを迎えていたからだ。

初めて体験する、身体の麻痺。

自宅のベッドの中で、いつ明けるとも知れぬ夜を、悶々としていた。

なのに、入院と同時に、死の恐怖は、ほぼ消え去っていた。

身体の麻痺は、進行しているにも関わらず、だ。

病気のことは、医者に任せるしか無い。

考えれば、他力本願そのものではないか。

そういうことだったのかと、一人悦に入る。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月22日

有るのか無いのか

古典落語は、筋の決まった話である。

なのに、上手い下手が、出てしまう。

名人と二つ目とでは、素人耳でも、はっきり分かる。

じゃあ、その違いは、どこから?

そう突き詰めると、分からない。

これがあるから、上手い。

その材料が、見当たらないのだ。

しかし、どう聞いても、上手い下手が、存在している‥‥

ここにも、有無の世界が、広がっている。

無いのに、はっきり有る、わけで。

こういうものに、囲まれ、今日も何とか、生きていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月21日

努力と一緒に

努力は、決して、裏切らない。

たとえ、その結果が、芳しくなかったとしても。

だから、努力できるのだ。

努力せずとも、楽をし、それなりに生きている人もいる。

その人の生き方だから、とやかくは言わない。

ただ、個人的に、そういうタイプとは、合わないだけ。

そんな努力と、二人三脚。

でも、方向を誤ると、目も当てられない。

努力は裏切らないが、努力に善悪の判断が、出来るわけじゃない。

何を、どう努力するか?

最初に、指針を、はっきり示す。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月20日

ちょっとの刺激に反応し

雑誌の特集に「夏までに3キロ痩せる!」とあった。

まことに、絶妙な言い回しである。

もう少し、ダイエットした方が?

そう思っている人間に、ピンポイントで当たるから。

ダイエットくらいなら、笑い話にもなる。

でも、いろいろな場面に現れる、この「もう少し」こそが、危うい。

大抵は、もう十分なのだ。

なのに、「もう少し」と、欲を刺激される。

すると、隠れていた欲望が、ムクムクと顔を出す‥‥

ダイエットに関して言えば、食欲に、溺れ続けてきたわけで。

笑い話の向こうに、恐ろしい欲望が、うごめいている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月19日

探せば宝の種はある

中途で障害を負うと、満足な生活が出来ない。

そう言い放っても、誰も反論してこない。

逆に「そうだね」と、納得さえ。

でも、それ自体、「真」ではない。

だからといって「偽」でもないから、ややこしいのだ。

結論から言えば、中途で障害負っても、満足な生活は出来る。

ただし、発想を、ガラリと変える必要があるだけ。

この「ガラリ」で、多くの人が、躓くのだろう。

どうしても、「これまで」に、執着してしまうから。

その執着自体、人間の性でさえあるわけだし。

よって、中途障害は、普通の人より、一皮むける可能性を、秘めている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月18日

何となくでは勿体ない

朝のラジオで問われる「今日、成し遂げたいことは?」

意外に、効能あると思う。

別に、問われずとも、ほとんどの人が、今日成すべきことを、持っている。

そこに一手間、意識的にやることで、気持ちに張りが生まれるのだ。

この気持ちの張りがないと、何となく時が過ぎて行く。

何と言うか、問題もなく、ただ一日が終わっている。

それはそれで、良いのかも知れない。

しかし、その積み重ねは、どうなる?

何となくの人生に、なってしまうのでは?

自分が、今、この時に、生きている奇跡。

何となくでは、あまりに勿体ないと、感じるわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月17日

時が経てば変わるもの

統計取ったわけではないが、体感していることがある。

それは、駐車場の身障スペースの、空き具合。

これが、微妙に、改善されているのでは?と。

毎日使うわけではないので、偶然が重なっただけかも知れない。

それでも、以前は、空いてることの方が、少なかったのだ。

考えられる要因は、二つ。

まずは、平気で駐めてた人の意識が、変化した。

もしくは、運転することが、無くなった。

もう一つは、物理的に、身障スペースが増えた。

どうこういって、車イスになり20年。

いろいろな変化が起こっても、不思議のない時間の長さだろう。

さて、自分は、どう変化していることか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月16日

出来ると出来ないの間にあるもの

自分に出来ることって、何だろう?

それを知れば、自ずと分かる。

自分に出来ないことが。

そして、それを知るには、まず、やってみることが必要。

頭で考えているだけでは、分からないことが多いから。

立てない私の身体では、棚の上段に置かれた商品に、手が届かない。

この段階では、その品を手に取る=出来ないこと、となる。

でも、通りかかった店員に、お願いすれば?

ものの数秒で、商品が手元に。

そんな当たり前のことでさえ、分からなくなるのだ。

身体の不自由=何も出来ない、という既成概念に、囚われて。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月15日

煩悩まみれもまた楽し

煩悩の中身を観察すれば、まあ出るわ出るわの、オンパレード。

欲や怒りはもちろんのこと、妬みやっかみ、嫉妬まで。

一体、人間の心とは、どうなりたいのだ?

つい、そんな愚痴までもが、顔を出す。

煩悩が、見栄を張った服着て歩いてるのが、自分自身か?

そうなると、存在する意味など、どこにある?

悲観のみになりそうだが、そうでもない。

煩悩って、消すことまでは無理でも、小さくは出来る。

すると、そこに、楽しみも生まれる。

そして、やれるだけはやってみるかと、積極性も。

結局、必要悪なのかなと、一人納得。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月14日

目指す目指さぬ自分の裁量

映画のワンシーン、九死に一生を得た主人公が、ポツリと。

「生きてるだけで、素晴らしい」

もうダメだとあきらめたのに、助かったのだ。

そうつぶやく気持ち、誰もが理解するだろう。

それを、実生活にも応用できれば、それこそ素晴らしいのでは?

しかし、実際は、欲が絡んでくる。

もっと裕福にとか、もっと高い地位をとか、もっと、もっと‥‥

それのどこに、「生きてるだけで」が、あるだろう?

そんなの、映画だけの世界。

そう言い放つことも出来る。

でも、逆に、目指すことも、出来るわけだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月13日

下り坂転げ落ちるかじっくりか

地球上のすべての生き物が持つ、二つのもの。

それは、生と死である。

生まれてこなければ、そもそも、生き物と呼ばぬ。

そして、生まれてきた以上、必ず、死を迎える。

よく生まれ落ちると表現することがあるが、至言だと思う。

生まれたら、後は、死へ向かって、落ちるのみ。

ブレーキのない車で、下り坂を、走るようなものだろう。

ただ、ハンドルやアクセルは、持っている。

よって、左右にブレたり、加速したりが、あるわけで。

しかし、落ちていることに関しては、変えようがない。

そこに気づくと、日常のああだこうだが、どうでも良くなる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月12日

あるがままに受け入れる

車イスの生活となって、20年目を迎える。

それを、あるがままに、受け入れる。

歩けない身体なのだから、歩けないことは、仕方ない。

そのことに関して、つべこべ言わない。

段差が有るとか、差別が有るとか、ゴチャゴチャ考えない。

ただ、歩けない身体を、そのまま受け入れる。

言葉にすると、たった一行で済む。

しかし、本当に、受け入れるまでの過程を考えると‥‥

自分を、あるがままに、受け入れる。

別に、中途障害者のみの、課題ではないだろう。

簡単そうで、とてつもなく難しいこと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月11日

他人の善意が前提では

この社会、健常者が、快適に生活できるよう、構築されてきた。

多数が快適でないと、意味がない。

その理屈は、当然で、納得も出来る。

だから、後は、少数をどうするか?

徐々に整備されつつあるとはいえ、基本は変わらない。

それは、多数者の善意に基づく、少数者の快適さ、ということ。

例えば、駐車場の身障スペースが、良い例だろう。

健常者が、善意で以って、駐めないから、車イスの人間が駐められる。

善意を持ち合わせていない健常者なら、平気で、駐車するわけで。

少数者は、普通に暮らすだけでも、一苦労、余計にかかる。

その上で、他人の善意に、すがらないといけないとか、何かが違うと感じるわけだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月10日

いわゆる知ったかぶり

自分の知っていることと、知らないこと。

どちらの割合が、大きいいだろうか?

どう考えても、知らないことの方だろう。

では、その割合は?

そう考えると、分からなくなる。

一体、自分は、どれほどのことを、知らないのだろう?

例えば、図書館に行けば、万単位の本が並ぶ。

そのほとんどを、読んだことが無い=知らない。

そう考えると、1を知り、万を知らない?

いや、億もしくは兆の単位に、及ぶかも。

いやはや、知ったかぶりの、無知さを知り得た。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 9日

ボヤくだけでは何も変わらず

いつの間にか、部屋の真横に、ゴミステーションが。

収集日に、窓開けようものなら、飛び込んでくるのは、異臭やらカラスの鳴き声やら。

結局、その日には、窓開放は、厳禁となる。

それが、月日が経つと共に、ゴミの臭いがこびりつくように。

結局、窓を開けたら異臭がするため、開かずの窓に。

しかし、それでは、日常生活に、支障をきたす。

結局、引っ越しとなるだろう。

だからといって、はいそうですかと、出来るわけじゃない。

なら、どうするか?

自分で、ゴミステーションを、掃除するのだ。

綺麗に、洗い流せば、臭いも消える。

ただボヤくだけでは、何も変わらず。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 8日

ぬるま湯は本当に心地良いのか

ぬるま湯に浸かるのは、心地良い。

しかし、そのぬるま湯が、針のむしろになることもある。

例えば、火傷を負った時。

あれほど心地良かったぬるま湯さえ、ピリピリしてしまう。

だから、ぬるま湯が、絶対心地良いわけではないのだ。

なのに、火傷を負っていない人には、関係ない。

自分が心地良いからと、あの人にも、この人にも、勧める。

でも、人は、それぞれ。

火傷とまではいかずとも、ぬるすぎて、嫌な人も在るだろう。

ぬるま湯だけの人生では、そのことに、思いが行きにくい。

狭い、自分の考えだけが、正しいと、突っ走る。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 7日

見ただけで判断

湯呑みから、湯気が立っている。

それを見ただけで、温かいお茶が、入っているのだなと分かる。

わざわざ口を付ける必要など、無いわけだ。

では、100%そうかと言われれば、答えは否。

水にドライアイスを入れても、湯気らしきものは立つ。

ただし、滅多に、遭遇する機会はないだろう。

だから、そういう事例も在ると、頭の片隅に入れておくだけで十分。

一般的には、湯呑みの湯気=温かいお茶で、問題ない。

それと同様なのが、第一印象だろう。

見た目がだらしなければ、大抵、中身もだらしないと、評される。

もし違っても、「人は見かけによらないね」で、済まされるだけ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 6日

虹と心

「今月の言葉」の書かれた、カレンダーがある。

心に響く月の言葉もあれば、そうでない月も。

また、同じ月の言葉でも、心に響く時もあれば、そうでない時も。

そこに介するのは、自分の心。

その時の心の有り様で、響く響かないが、決まっていく。

このことからも、ハッキリ分かる。

固定した「これが自分の心」なんてものは、存在しない、と。

常に揺れ動く、まさに、あやふやな存在。

つかもうとしても、つかめないのが、虹。

でも、目には、はっきり映るのも、虹。

それが、自分の心なのかも。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 5日

人それぞれの処世術

こういう人間関係を、目指すという人がいた。

とりあえず、表面上、波風が立たなければ、それで良し。

波風が立っていないので、見た目は、穏やかだろう。

では、その波の下は、どうなのか?

つい、そう思ってしまった。

でも、「とりあえず」とある。

つまり、絶つことの出来ない、人間関係なのだろう。

それなら、角突き合わすより、表面上だけでも穏やかに、ということか。

その人の編み出した、処世術。

それを批評する資格など、私にはない。

ただ、自分がその立場なら、どうすべきか?

考えるのは、そこひとつ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 4日

出来る範囲でのベストを

電動アシスト自転車を、普通に見かけるようになった。

残念ながら、体験することは不可能だが、楽にペダルを漕げるのだろう。

そんな中、ネットニュースで、車イスに取り付けられる、電動アシスト装置を知った。

体験者によれば、坂道も、スイスイ漕げるのだとか。

ただ、その値段を見て、自分には無縁の物と、あきらめる。

しかし、いつまでも、自走出来るとは限らない。

そうなると、今のままでは、電動車イスになる。

ただ、電動は、重いのだ。

重いということは、自力で、自動車に、積み込めないことに。

ということは、将来的な、私の行動範囲は、詰んでるようなもの。

だから、動ける間は、動き回るのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 3日

納得せねば進めない

ローンを組んで、夢のマイホームを持つ。

これが「我が家」と、悦に入る。

では、目の前にある一軒の家、それが「我が家」なのか?

物理的にはそうだろうが、それ以上に、心理的なものもある。

「我が家」における、安らぎなどだ。

よって、他人が、勝手にズカズカ入り込んでくると?

部屋は散らかされ、心の平穏は奪われる。

まさに、「我が家」を、侵食されているわけだ。

そこに、煩悩の根源を見る。

「我あり」に「我が物」

自分の力では、どう考えても、消せる気がしない。

だから、他力というものが、輝いてくる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 2日

現実を直視して

折込チラシに、「健康」「長生き」の文字が踊る。

いつまでも、元気でありたいというのは、万人の望みだろう。

しかし、叶わぬ望みでもある。

年相応に老いて、最期は他界する。

生きている以上、避けられぬ道なのだ。

なのに、それから、目を逸らす。

なるだけ、考えないようにする。

そして、叶わぬ望みに、しがみつく‥‥

虚しいと感じるのは、私だけ?

まあ、他人様のことを、とやかく言っても、始まらぬ。

自分のことを、まずはしっかり。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年5月 1日

令和に思う

昭和に生まれ、平成で車イスになり、令和に老いていく。

自分と元号なら、この程度の関連しかない。

まあ、令和はこれからなので、特記する事項に出会うかも。

それが、喜ばしいことなら、なお嬉し、で。

しかし、過度な期待はしていない。

淡々と過ぎ行くことを、良しとする。

その中に、輝くものを、見つけるのみ。

それはさておき、ひとつの区切りではある。

元号が変わるとか、そう体験できることではないから。

それを、新たな転機とするのも、時代の要請では?

勝手にそう決め、新たな一歩を、踏み出してみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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