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2019年4月25日

近くにあれど目に見えず

私の入院期間は、2000年の5月から12月まで。

7ヶ月に渡る、長期入院生活を送った。

そして、当時は、こんなこと、考えたこともなかった。

「人は、何によって、救われるのだろう?」

なぜなら、回復したい、退院したいの一心だったから。

逆に言えば、それだけが、救いの道だったのだ。

退院はしたが、回復は望めない。

ということは、救いの道が、絶たれたことになるのか?

しかし、絶望の海に漂っているわけじゃない。

つまり、回復することが、救いの道ではなかったわけだ。

視野が狭くなると、目の前のことに、しがみついてしまう。

それが悪いわけではないが、意味を履き違えてはならない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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