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2019年2月28日

地獄の沙汰

古い映画を見ていたら、こんな台詞があった。

「地獄の沙汰も金次第やぁ」

一般的には、あらゆることが、お金次第で、どうにでもなること、と。

しかし、閻魔大王が、お金で動くか?

そう思い、この故事の云われを、調べてみた。

すると、面白い話に、行き当たる。

 ある長者が亡くなった。葬式に呼ばれた坊さんが、その長者が、地獄に落ちていく様子を見る。
 あわてて遺族に、「蔵の中の金を、村人に分け与えなさい」の説法。
 その結果、村全体が裕福になり、長者の地獄落ちも免れた‥‥

まるで、意味合いが、違っている。

お金の使い方が、まるで、逆方向なのだ。

いつの間に、こういう使い方、するようになったのだろう?

心の中を、透かされている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月27日

ある勘違いから

とんでもない勘違いをしていた。

まさしく、赤っ恥そのものである。

ただ、これも良い薬。

なぜなら、二度とこんな勘違いはしないぞ、と決心できたから。

その、同じ勘違いをしている人に、出会った。

そのことを、指摘した。

おせっかいだったと知ったのは、その瞬間。

激高されたのだ。

おまけに、「自分は勘違いなどしていない。勘違いしているのは、お前の方だ」と。

改めて、思い返す。

人には、それぞれの生き方がある。

他人に、とやかく言われたくはない。

自分自身も、そうなのだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月26日

単純すぎの罠

レタスをちぎって、器に盛る。

たったそれだけで、サラダという一品になる。

そんなのは、料理と呼ばない。

そう断じられるかも知れぬ。

でも、食す人間が、サラダと思えば、立派な料理だろう。

大事なのは、過程でなく、結果なのだ。

その、あまりに単純過ぎる故、軽視されがちなこと。

自分の周りを眺めれば、結構ある。

重要なことを、簡単に済ませる。

それで問題なければ、万々歳。

何の困ることが、あるだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月25日

真理はどこに

この扉の向こうに、宝がある。

そう聞けば、開けようとするだろう。

しかし、どれだけ押しても、びくともしない。

この時、浅はかな自分が、ニヤリとしている。

押してもダメなら、引けば良い。

ところが、引いても、びくともしない。

こうなると、段々、焦りが出てくる。

なぜなら、その扉に向き合える時間には、制限があるからだ。

刻一刻と、タイムリミットが迫る。

押してもダメ、引いてもダメ。

あきらめかけ、腕が横に流れた瞬間、扉が開いた。

横開きの扉だった、というわけだ。

真理のようなものは、固定観念の向こうにあるのかも。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月24日

肝心なこと

毎日が、退屈だという人がいる。

方や、忙しくて、目が回るという人もいる。

一体、どちらが幸福なのだろう?

最終的には、どちらも不幸となる可能性が。

前者は、肝心なことを、何もやっていない。

後者は、肝心なことに、手が回らない。

結局、どちらも、肝心なことを、やらずじまいとなるからだ。

では、その肝心なこととは?

下手したら、それがあることさえ、知らずに終わる。

かく言う自分も、そうだった。

縁がなければ、知ることもなかったわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月23日

季節は移り行く

気がつけば、2月も下旬。

まさに、逃げるかのごとく、過ぎ去っていった。

いよいよ春到来か。

そう思い、この冬のことを、振り返る。

今年は、雪を見なかった。

積もることは、滅多に無いが、ちらつくことはある。

それさえ無かった。

故に、暖冬だったと、なるのだろう。

そんな季節の変わり目に、ふと思う。

自分の変わり目は、いかばかりか?

何が、どう、変わっているのかを、観察してみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月22日

空というもの

ある禅僧が、「空」とは、有ったものが無くなった状態、と解説していた。

その瞬間、ぼんやりしていたものが、ハッキリした。

自分は、既に、「空」を知っているようだ、と。

それは、健康に関して。

以前は、病院に行くこともない、健康体そのものだった。

健康診断も欠かさず、病気のサインも見逃さないようにしていたものだ。

それらが今では、皆無となっている。

健康体で無くなったため、健康であることを、意識しなくなった。

だからといって、不健康な生活を、しているわけじゃない。

健康というものに、囚われなくなったのだ。

「空」とは、意外に、自由なことかも知れない。

まあ、真の理解には、程遠いのだろうが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月21日

ハードもあればソフトもあって

考えれば、分からなくなること。

この世は、一つの世界なのか?

100人いたら、100の世界があるのでは?

当然、自分には、自分の世界がある。

世界を、人生と言い換えれば、もっと分かりやすい。

人の数だけ人生があるとすれば、その数だけの世界があることに。

でも、地球は、一つではないか‥‥

そこまで考えて、あることに気づいた。

ハードとソフトを、ごっちゃにするから、意味不明になるのでは?

ハード的には一つの世界も、ソフト的には無限の世界。

どちらの世界を論じているか?

まずは、そこを見極めてから、か。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月20日

自分らしくより

今の世は、「男らしく」「女らしく」より、「自分らしく」が、求められているらしい。

でも、思うのだ。

一体、どれくらいの人間が、「自分」なるものを、理解しているのだろう?

これが、自分にとっての「自分」

そう断言できるものを持っていれば、自分らしく生きられる。

でも、何が「自分」なのか分からぬまま、「自分らしく」と言われても‥‥

迷ってしまうのが、普通ではないだろうか?

なぜかと言えば、自分など、どこを探しても、無いからだ。

無いものを探しても、見つかるはずもない。

自分探しなんて流行った時期もあるが、いつの間にか、消え去った。

だから、「自分らしく」では、道を誤る気がする。

ここは、素直に「人間らしく」ではなかろうか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月19日

あきらめるの意味

車イスで、上の階へ行こうとしたら、エレベーターが必要。

よって、初めての場所なら、まず、エレベーターを探す。

これが、丁寧な案内板あれば、迷うことなど無い。

しかし、すべての場所が、そうとは限らぬ。

係の人を探し、尋ねなければ、分からないなんて、多々あるわけで。

それでも、エレベーターがあれば、まだマシ。

開口一番、エレベータが無いことを、告げられることも。

それはそれで、仕方ないと、あきらめていく。

否が応でも、あきらめる習慣が、身につくというもの。

その結果、あきらめることと、そうすべきでないことの判断が、早くなる。

まさに、あきらめる=明らかに見る、を実感している。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月18日

固定観念を捨てる

以前、こういうニュースが流れた。

「老人の孤独死、タンスの中に1千万円」

コメンテーターが、社会との繋がりが云々と、言っていた。

どの切り口も、いかに、その亡くなった人が、惨めな最期だったか。

でも、誰も知らないだろう。

その老人が、どういう気持ちで、最期を迎えたかは。

実は、孤独を、楽しんでいたかも知れない。

お金だって、貯めることが、楽しみだったかも知れない。

それって、不幸なことなのか?

固定観念で、何でも決めつけて良いはずもない。

何事にも、柔軟性は、必要だろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月17日

礼儀を知らないということ

礼儀知らずに、礼節を問いても、虚しくなる。

問いてる本人はもちろん、見ている周りも、虚しくなってしまう。

そして、残るのは、あきらめに似た感情。

一言で表現すると、どうしようもないのだ。

礼儀知らずが、ある日突然、礼節を纏って出てくることはない。

そもそも、礼儀知らずの、その姿が、美しいくらいに思っていそうだ。

だから、どうしようもないな、と感じるわけだ。

よって、出来ることは、ただひとつ。

関わらないこと。

人と人でも、国と国でも、関係は同じ。

喧嘩になるくらいなら、無視する方が、まだマシだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月16日

大きいことが正しいか

「変化する」と書かれてある。

通常は、「へんかする」と読む。

しかし、「へんげする」とも読めるのだ。

これを、どちらで読むかで、意味合いは、大きく変わる。

一般的には、文脈から、迷うようなことはないだろう。

でも、書かれてるのが、「変化する」だけなら?

その時の気分次第では、「へんげ」と読むかも知れない。

少数派にはなるだろうが、誤りではない。

声は小さくとも、間違ってはいないのだ。

世の中、声の大きいことが、正しいことのようになっている。

それだけが、基準となると、危ういと感じるのだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月15日

自分のこととして

もし、自分が、不治の病と宣告されたら?

冷静に、対処できるか?

それとも、考えたくもない?

人それぞれであろう。

でも、その可能性は、すべての人にある。

それを、考えられないとすれば、人としての成長が止まってしまう。

多くの人は、幸いにも、このような宣告は、受けていない。

でも、想像することは出来るだろう。

そして、何が、自分に足らないか、考えることは出来る。

すると、何かが、変わるはずなのだ。

その変化を、糧にすることが、出来るはず。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月14日

バカと言えば

子供の頃の口喧嘩には、定型文が有った。

一人が、「バカ」と言う。

すると相手が、「バカと言った方が、バカだ」

今考えれば、まさに至言。

相手をバカにするためには、自分が、その上に立たねばならない。

自分の方が、賢いとか、偉いとか、だ。

そこにあるのは、紛れもない増上慢。

恐ろしい世界なわけだ。

それを、端的に表していた、子供の世界観。

とても、バカに出来たものじゃない。

それからすれば、明らかに、バカな大人が、多すぎる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月13日

なってしまえば

以前読んだ本に、年収300万円時代のことが。

当時の平均年収は、600万円。

だから、年収が半減するなど、夢にも思っていなかった。

それが、今ではどうだろう?

年収300万円が、一般的になっている。

夢にも思っていなかったことが、現実となっているわけだ。

では、皆が、貧乏暮らししているのだろうか?

あばら家が増えるどころか、新築家屋が続々だ。

とても、平均年収が、半減したとは思えない。

身体のことも、同様。

自分が、歩けない身体になるとか、通常は、夢にも思わぬ。

でも、なってしまえば、どうにかなるものだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月12日

無いのに在ると

この質問に、答えられるだろうか?

「明日」は、どこにあるの?

問いかけたのは、小さな子供。

だから、子供にも、分かるような解答が、必要なのだ。

手っ取り早いのは、カレンダーだろうか。

今日の日付を指差し、この次の日が「明日」だと。

でも、それが、子供だましなのは、自分でも分かる。

結局、「明日」なんて、どこにもないのだ。

ただ、概念として、在るだけ。

日付が変わったとしても、それは「明日」になった、今日でしかない。

その無いものを、いつまで、当てにしているのか?

改めて、己に、喝入れる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月11日

理由を考える

今年も、インフルエンザが、大流行だと。

幸い、私自身は、罹患しなかった。

しかし、去年は、ひどい目にあっていたのだ。

インフルエンザでも、全員が、罹患するわけじゃない。

クジではないが、当たりハズレがある。

そこに、何らかの理由が、あるのだろうか?

証明する手立てなど、どこにもない。

だから、理由が、あると言えばあるし、無いと言えば無いとなる。

ただ、はっきり言えることが、ひとつだけ。

インフルエンザに罹患した理由、それは、生きているから。

結局、なぜ生きているのかを、考え直すこととなる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月10日

きちんとした教えを知り

自分は、今、生きているのか?生かされているのか?

それに対して、どう答えるかが、生き方の姿勢となるだろう。

死んでいないのだから、確かに、生きてはいる。

だからといって、自分一人の力で、生きていると、言えるのか?

そう断じるほど強くない、自分を知っている。

だから、生かされていると、感じるのだ。

でも、そうなったら、誰によって、生かされているのか?

こうなると、神仏信仰の世界。

この段階で、訳のわからない存在に惹かれると、道に迷う。

それもこれも、縁の世界。

自分がどの道を歩むかなんて、誰一人、知る由もない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 9日

人間の悪性

野党の国会議員が、外国人献金を受けていた。

紛れもなく、犯罪だ。

おまけに、金の問題では、前科持ちでもある。

なのに、まるで、反省の色がない。

もし、これが、与党議員の仕業となれば、急先鋒に立つだろう。

このダブルスタンダードを、平然とこなす。

人間の悪性を、まざまざと、見せつけられるかのようだ。

よって、この人物も、所属政党も、それを支持する団体さえも、受け入れられない。

この本能的な嫌悪感とは、一体、何なのだろう?

これまで押し殺してきた、己の悪性を、見ているのだろうか?

だとすれば、恐ろしいこと、この上なしに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 8日

欲張る貧しさ

他人の痛みが分からないと、心が貧しくなる。

その結果、我が我がの、我欲の固まりに。

では、どうすれば、知ることが出来るのか?

その痛みを経験していれば、説明するまでもない。

同じ心の痛みを、知る者同士だからだ。

それを知らなければ、想像するしかない。

相手の立場に立って、しっかりと。

これが出来ないから、心が貧しいと言われてしまう。

そのくせ、決まり文句だけは持つ。

「私も、心の痛みを知っている」

ただ、我欲が満たされていない、だけのことなのに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 7日

口と耳

口ひとつに、耳ふたつ。

話上手より、聞き上手になれ、ということらしい。

だから、個人的に、違う解釈をしてみる。

まず、口には、ふたつの働きがある。

食べることと、話すこと。

代わって、耳は、聞くことのみ。

であれば、口は耳よりも、四倍、高機能なのだ。

その高スペックを使いこなしていないのが、現実では?

何言うか分からないから、黙っておけ。

聞き上手になれの、裏側ではなかろうか?

ならば暴れ馬を乗りこなすぞの、気概を持つのも、また一興。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 6日

本来の意味とは

「大雪のため、数台の車が、立ち往生」

そんなニュースが、流れていた。

以前なら、聞き流していたのに、ふと思ったことが。

なぜ、困ったことが、往生となるのか?

往生を、そのまま読めば、往って生まれる、に。

どこにも困る要素など、無いのだ。

逆に、生まれ変われるという、喜びこそ真意では?

そこにあるのは、生と死のせめぎ合い。

死を厭う気持ちが、往生という言葉をも、巻き込んだのだろう。

往生にしてみれば、迷惑な話だ。

言葉というのは、正しく使ってこその、ものだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 5日

言葉の力

言葉には、色も形もない。

ましてや、骨や心臓など、あるはずもない。

なのに、こう表現される。

言葉は生きている。

そうだなと実感できるのは、そういう言葉に、出会っているから。

もう何十年も前の言葉なのに、思い出すたび、心が揺れる。

そんな言葉が、いくつかある。

よって、プラスの揺れもあれば、マイナスの場合も。

とにかく、その言葉が、目の前に現れた瞬間、心が揺れる。

ならば、消し去る努力が、必要なのか?

それはそれで、何かが違うと感じてしまう。

その事自体、迷いの証拠なのかも知れぬが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 4日

入浴中のリハビリ

入浴中、バスタブの中では、浮力が生ずる。

軽くなる分、動かすための筋力が、少なくて済む。

ベッドの上では、ピクリともしない足も、お湯の中なら、少しだが動かせる。

この少しでも動かせるというのは、大きい。

そこには、生きてる神経回路が、存在しているわけだから。

ただ、今の段階では、それが細いと言うだけ。

ここからは、素人の思い込みが、強大な力を発する。

細ければ、太らせるだけ!

まさに、単純思考、ここにあり。

リハビリ専門医が聞いたら、腹を抱えて、笑うだろう。

しかし、自分の身体、好きにさせてもらおうではないか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 3日

大人しいとは

おとなしいとは、大人らしいことだ。

だから、子供に「おとなしくしろ」とは、無理難題なのだ、と。

こんな話を聞いて、思わず、うなってしまった。

おとなしいを、漢字で書けば、大人しい。

言われれば、確かに、おっしゃるとおりだな、と。

しかし、見た目は大人でも、おとなしくない人間は、数多いる。

大人に「おとなしくしろ」と言っても、反論してくる。

素直におとなしくする子供の方が、よっぽど大人。

何とも情けない話である。

かく言う自分も、未熟な大人。

それこそ、最も情けない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 2日

一枚また一枚か

カレンダーを、一枚破る。

破った先には、次の月。

新しく、何かが生まれたのじゃない。

次の月は、既に、そこに在った。

ただ、前の月が、立ち去っただけのこと。

その立ち去ったのは、何か?

自分の持ち時間そのもの。

カレンダー一枚分の時間が、消えて行った。

手元には、何が残ったか?

何も残らなかったなどと、口が裂けても言わぬ。

自分で自分の価値を否定するなど、許すわけにはいかないから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2019年2月 1日

闘病ではなく

車イスの生活になって、20年近くとなる。

傍目には、この間、ずっと闘病生活しているように、見えるかも。

確かに、リハビリは続けているし、そう言われれば、そうなるか?

しかし、個人的には、闘病という言葉は、嫌いだ。

病も、自分自身のひとコマ。

それと闘って、どうする?

まあ、そんな感覚なのだ。

だから、病とは闘わず、寄り添う姿勢で。

病と闘うのは、医者の仕事と、割り切ることに。

この辺は、個人差が大きいだろう。

だから無理強いする気など、さらさら起きない。

要は、自分の問題だから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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