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2018年12月24日

薄っぺらい

ひらがなカタカナなら、耳にした言葉を、書くことが出来る。

例えば、僧侶が「南無阿弥陀仏」と称える。

何と言ったか?

耳にしたのなら、書けるのだ、「なむあみだぶつ」と。

ただし、それを、漢字で書けとなれば、難易度が高まる。

その意味ともなれば、訳分からん、に。

しかし、日常を振り返れば、聞けた、書けたで、完結させている。

もう、それだけで、「十分、自分は理解している」と。

改めて、本当に聞いているのか?意味分かっているのか?

自問するも、自答出来ない。

ひらがなカタカナだけの、生活なのだ。

薄っぺらに、なろうというもの。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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