« そこにあるのなら | トップページ | 厄介事は刺さった小骨 »

2018年12月 4日

油断の言い訳

つい手を滑らして、コップを割る。

一度や二度は、経験あるだろう。

この時、コップの表面が、本当に滑る状態だったか?

おそらく、そうではない。

滑っていたのは、自分の心。

すでに、コップ以外のものに、向いていたのだ。

その結果、落としてはならないものを、落としてしまう。

このことが、コップだけの話でないのは、分かるはず。

油断があると、取り返しの付かないことになる。

油断などしていないと思うことが、すでに油断の元。

まさに、油断は大敵なのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

|

« そこにあるのなら | トップページ | 厄介事は刺さった小骨 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 油断の言い訳:

« そこにあるのなら | トップページ | 厄介事は刺さった小骨 »