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2018年12月13日

真に耕すべきもの

ブッダの言葉であるスッタニパータに、田を耕す話がある。

田を耕しているバラモンが、ブッダに向かって「お前は、何も耕していない」と。

目にする姿だけなら、働いているのは、バラモンの方。

勤勉者が、怠け者を説教するの図、となっている。

しかし、ブッダが耕しているのは、心なのだ、と。

たまたま、心田という言葉を目にし、改めて、読み直した次第。

庭先のちっぽけな花壇でさえ、放って置いたら、土は固まり、雑草だらけに。

よって、定期的に、耕さねばならない。

であるなら、田んぼなどより広大な心の中は、どういう状態?

心田こそ、常に、耕すべき存在なのだ。

それにしても、2600年前の言葉に、教えられるとは、すごいことで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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