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2018年11月17日

信仰というもの

日本人は、無宗教だと言われる。

確かに、初詣に始まり、ハロウィンやクリスマス、果てはお寺へ葬式に。

無宗教というより、無節操?

これって、しっかりとした、信仰心が定まっていないだけにも思える。

神仏を信じなければ、〇〇祈願などしないだろうし。

でも、相手先の神仏を、イメージできているだろうか?

何かをお願いするのに、相手のことを、実は分かっていない。

それで、相手が、応えてくれると?

そもそも、祈ることと、信仰することって、同列なのだろうか?

そこを勘違いしていると、迷宮の中に入ってしまうような‥‥

自分は、取るに足らない、小さな存在。

まずは、そこを、認識してみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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