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2018年11月30日

素うどんの強さ

うどんに、だし汁をかけただけの、素うどん。

うどん本来の味を楽しむためには、必須のメニューだ。

その「素」という言葉が、引っかかった。

読んでいた小説に、素浪人とあったから。

そういえば、古い映画でも、「拙者は、素浪人の何某」なんて台詞があった記憶が。

ここでいう「素」とは、何もないという意味だろう。

何もトッピングされていないから、素うどん。

しかし、浪人は、元々、どこかの家臣のはず。

よって、元◯◯藩家臣の、どこの何某が、本来のはず。

なのに、素浪人なのだ。

自分の意志で、「素」としているのだ。

余計なものを、削ぎ取っている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月29日

夢の中の感覚

カラーの夢を見るか?

そういう話は、耳にしたことがある。

しかし、臭いのついた夢は?

というのも、先日、初めて、臭いのする夢を見たから。

夢の中でも、嗅覚があるのを、実感できた。

でも、それは、実際ではない。

なのに、夢の中では、まさに現在進行系。

錯覚や勘違いの、原点を見た感じだ。

今、自分が、真実だと思っていることは、本当か?

まさか、夢の中の臭いではあるまいな。

簡単そうで難しい検証。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月28日

踊り場で考える

何か新しいことを始める。

最初は、知らないことばかり。

よって、知識欲に溺れるまま、次から次へ、吸収していく。

それが、時の経過とともに、パタッと止まる。

とりあえず、一通りのことを、知れたから。

そして、二つの道が現れる。

そのことをやり続けるか、他のことをやるか。

通常なら、やり続けるだろう。

でも、刺激が薄れて、もういいかなとも思う。

俗に言う、停滞期というやつだ。

これを乗り越えなければ、次の扉は、開かない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月27日

あがいている

季節なんて、ある日突然、変わるわけじゃない。

頭の中で、「11月の間は、まだ秋」なんて思っていても、冷え込む時は、冷え込む。

だから、暖房を使い始める。

その瞬間から、もう冬なのだ。

たとえ日付が、11月だろうと。

まるで、一個人の思惑など、どこ吹く風だ。

そんな中、あがいている。

上から見れば、滑稽だろう。

もっと楽な道がある?

でも、それを知らないのだ。

だから、今日も、あがいてみせる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月26日

お陰様

お陰様の心で生きる。

完全実施できれば、穏やかな日々に。

しかし、雑多な日常、いろいろなことが起こる。

その都度、お陰様なんて、言ってられない。

ふと我に返った時、いかんなぁと思うのみ。

それでも、我に返れるだけ、マシなのかも。

その瞬間は、紛れもなく、お陰様。

人として、正しい位置に、また立てる。

その喜びを、味わえる。

その時間を、なるだけ長く。

意識付けしつつ、今日を過ごす。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月25日

どうにもならなくなってからでは

「まあ、何とかなるだろう」

何も考えていないタイプの、定例文句。

確かに、これまでは、何とかなったのだろう。

でも、これから先も、などという保証はない。

そう忠告すれば、こう返ってくる。

「そんなことは、百も承知」

何も考えていないから、平気で、口に出来るのだろう。

そして、恐ろしいことに、自分が何も考えていない、ということに気づいていないのだ。

よって、本人が気づくまで、手の打ちようがない。

それまで、周りの人々に、迷惑かけまくる。

いや、それさえ、まるで、自覚が無いかも。

自分の中の、そういう面を、さらけ出す。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月24日

まるで見えていない

過労で倒れた知人の、お見舞いに行く。

「これで、精の付く物でも、食べてください」

心ばかりのお見舞金を、手渡した瞬間、こう言われたら?

「これじゃ足らない、もっとくれ」

誰もが、この態度に、憤慨するだろう。

でも、誰もが、この患者のようなことを、やっている。

手を差し伸べてくれているのに、握ることなく、ああだこうだ、と。

差し伸べられていることの有り難さが、まるで分かっていない。

つまりは、見えていないのだ。

なのに、自分は、何でもお見通しだと、自惚れている。

目の前の青い鳥に、目をくれることもなく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月23日

これまでの概念覆す

一読しただけでは、意味不明な文章に出会う。

だから、二度三度と、読み直す。

それでも、分からないから、あきらめる。

読み手の、こちらの力量不足なのだ、と。

しかし、ある日、ふと思ったのだ。

読み手に伝わらない文章に、意味があるのか?

ある日、あきらかに、書き手側の力量不足という文章に遭遇。

これまでは、文章を書く人=雲の上の存在だった。

でも、今では、誰でも書ける時代なのだ。

書けるから、偉いわけでも何でもない。

見分ける目が、必要な時代になったとも。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月22日

因果応報

青々していた草木が色づき、やがて葉を落とす。

残った姿は、まるで枯れたかのよう。

ところがどっこい、生きている。

眠っているかのように見せ、せっせと春の準備を重ねている。

その努力は、決して裏切らない。

なのに、努力を放棄するとか、何を考えているのだろう?

自分の芽吹きくらい、自分で準備すべきこと。

すべての生物に、出来ることなのだ。

下手な頭を持つ分、人間だけが、楽をしようとする。

しかし、その報いは、必ず返ってくる。

その時、泣こうと、誰も助けられぬのに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月21日

身近だった無常

先日、ホームセンターに行った時のこと。

出口が混み合っていたため、ちょっと脇に避難。

すると、目の前に、タバコの自動販売機が。

その値段が、500円とあって、ビックリ。

まったく吸わないので、気にしていなかったが、いつの間にか、高くなっていたようで。

タバコを止めたという人が、続出するわけだ。

そういえば、子供の頃は、タバコ畑が広がっていた。

今では、見つけるのが、難しいくらいだ。

世の移り変わりが、そこにあった。

実際のところ、変わらぬものなど、何もない。

その移り変わりに、どう対処していくかが、大切となる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月20日

誰もが持てる智慧

病気やケガをした時、多くの人が実感する。

健康の有り難みを。

退院し、開口一番「やっぱり、健康って、いいなぁ」

その瞬間、智慧の目が、開いているのだ。

病気やケガの苦しみを経て、ようやく開いた智慧の目。

まだ、開いているだろうか?

よもや、三日で、忘れていないだろうか?

「やっぱり、健康って、いいなぁ」と感じた瞬間、余計なことは考えていない。

一種、研ぎ澄まされた、純粋な感覚となる。

それを維持できずとも、たまに思い出すだけでも、全然違うはず。

それが、智慧の智慧たる、由縁なのだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月19日

機が熟す

入院中のリハビリに、療法士が、私の手足を持って動かす、というものがあった。

当時は、ただ、されるがまま。

当然、そのことに、何の効果があるのか、知りもしなかったし、知らされてもいなかった。

それが、今になって、分かってきたのだ。

身体の仕組みから、こうやれば、こうなっていく。

そういう解説サイトで、学んだおかげ。

だから、当時、こういうリハビリが、行われていたのか、と。

まさに、原理原則だ。

これを、知ると知らぬじゃ、効果が違う。

このことは、身をもって、知っている。

もっと早くに知っていればとも思うが、今じゃないとダメだったのかな、とも思う。

すべてが、ベストのタイミング。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月18日

一昔前なら老人

初老とは、40歳のことだと、初めて知った。

ならば、昔話に出てくるおじいさん、おばあさんも、40代だろうと。

人生50年なんて言われていた時代。

40も過ぎれば、老人域も、当然か。

であるなら、知恵袋なるもの、40歳で持っていないと、いけないのでは?

そんなことを、考えてみたりもする。

というのも、ニュースを賑わす、中高年者。

まことに浅ましい限り。

時代が違うと言われたら、そうかもしれない。

しかし、どちらも、人間であることに、変わりはない。

その整合性は?

まあ、他人のことより、まずは、我が身のことなのだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月17日

信仰というもの

日本人は、無宗教だと言われる。

確かに、初詣に始まり、ハロウィンやクリスマス、果てはお寺へ葬式に。

無宗教というより、無節操?

これって、しっかりとした、信仰心が定まっていないだけにも思える。

神仏を信じなければ、〇〇祈願などしないだろうし。

でも、相手先の神仏を、イメージできているだろうか?

何かをお願いするのに、相手のことを、実は分かっていない。

それで、相手が、応えてくれると?

そもそも、祈ることと、信仰することって、同列なのだろうか?

そこを勘違いしていると、迷宮の中に入ってしまうような‥‥

自分は、取るに足らない、小さな存在。

まずは、そこを、認識してみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月16日

分かったつもりの住人で

これを言ったら、皆が納得するだろう。

「人は、一人では、生きていけない」

しかし、本当に、分かっている人は、どれくらい?

分かっていると、分かっているつもりでは、雲泥の差がある。

というより、「つもり」は、所詮「つもり」

まるで分かっていないと、同義では?

それでも、「自分は分かっている」と、豪語。

一体、何が分かっていることやら。

本当に分かっている人から見れば、滑稽なことだろう。

だから、常に、意識する。

自分は、まだまだ「つもり」の世界。

真実からは、程遠いのだと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月15日

そこだけ見れば一瞬だが

カメラを手にした人なら、分かるだろう。

シャッターを切るのは、一瞬のことだと。

では、その1枚の写真、本当に一瞬で撮れたのか?

すべての人が、否と答える。

まずは、構図を決めるだろう。

撮りたいものが、フレーム内に、きちんと収まっているか、と。

その後、ピントを合わせたり、光の加減だったり。

一瞬のシャッターの前に、ああだこうだと、いろいろやっているわけだ。

でも、写真を撮ったことの無い人から言わせれば、「シャッター切るだけじゃないか」に。

つまりは、いとも簡単な作業と、見てるだけ。

このパターン、あらゆる場面で、遭遇する。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月14日

残り時間を鑑みて

中高年者向けの話に、こういう一説があった。

これから先、今までと同じ時間は、生きられない、と。

今、60歳の人なら、臨終まで、60年もかからないというわけだ。

しかし、それが実感できないとも。

改めて言われれば、納得せざるを得ない。

一日一日が、貴重な時間。

そろそろ、やるべきことの取捨選択が、必須となっている。

そういう時に、ふと、ひらめくことが。

結局、そのことが、選択事項の、第一番となることだってあり得る。

まるで、他チームの4番を、トレードで、自チームの4番に据えるようなもの。

それでも、ひとつの縁なのだ。

ならば、それに沿って、進むだけ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月13日

息をするとは

普通にしている呼吸を、観察してみる。

息を吸ったら、間髪入れず、吐いていく。

単純に、吸って吐いての、繰り返し。

でも、これが出来なくなったら、ご臨終。

この単純な動きこそ、死と隣り合わせなのだ。

どうしても、死は、遠いものだと錯覚している。

なのに、何だ、これは?

すぐ、そこに、あるではないか‥‥

自分は、安全な道を、歩いていると思っている。

しかし、実際は、断崖絶壁の細い道。

ちょっと風が吹いただけで、落ちてしまうに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月12日

嘘と真実

たまたま読んだ本に、こんなことが書かれてあった。

聖徳太子は、いなかった。

私の世代では、聖徳太子と言えば、1万円札。

もっとも慣れ親しんだ肖像のひとつだ。

その肖像さえ、あやふやらしい。

仮に、架空の人物だったとする。

すると、その嘘を、作り上げた人物がいる。

その嘘が、何世代も渡るうち、事実とすり替わる。

嘘も百回言ったら、本当になるというわけだ。

この手のやり方、現代においても、生きている。

嘘が、真実の仮面をかぶって、闊歩する。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月11日

残りの量を鑑みて

先日、ウッドデッキの塗替え作業をした。

その際、這って動いていたため、膝にケガ。

若い頃なら、この程度のすり傷、三日もあれば治っていたもの。

それが、1週間になろうというのに、まだ完治していない。

これが、何を意味するか?

紛れもなく、老化しているわけだ。

気持ち的には、若いつもりでも、身体は正直。

だからこそ、そこに目を向けなければならない。

つまりは、人生の砂時計に残っている、砂の量に。

そこから、逆算してみる。

すると、出来ること、出来ないこと。

やるべきこと、どうでもいいこと、いろいろ見えてくるもので。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月10日

呼びかけと返事

何度呼びかけても、返事がない。

すると、どうなるか?

十中八九、怒りが湧く。

なぜ、返事しないのだ、と。

しかし、呼びかけられた方から言わせれば、単純なこと。

自分が呼ばれているとは、思わなかった。

となれば、呼びかけ方が、悪かったともいえる。

なのに、腹を立てるとか、どうしようもない。

相手の返事が必要ならば、呼びかけ続ける。

それしか、方策はないだろう。

とにかく、相手の耳に、聞こえるまで、だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 9日

自然の中の100%

朝目覚めたら、深い霧だった。

気象データを確認したら、湿度100%

100%というのは、完全ということだ。

日常生活において、なかなか体験できぬ100%

ひとつの完全形に、思いを馳せる。

この形から、最も遠いのが、己の人格だろう。

100%を目指してはみるものの、焼け石に水なのだ。

ただ、人である以上、完全形には成り得ない。

成ったとしたら、それは、すでに仏の世界とも言われる。

だから、あるがままを、受け入れるしかないのだろう。

それはそれで、容易ではないのだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 8日

獅子の真似をしようにも

子供の頃、絵本で読んだ「獅子は我が子を谷底に落とす」

これ、人間社会で、実際やったら、児童虐待だろう。

ひとつの比喩と捉えても、実際、行える親が、どれほどいることか。

でも、発想を転換し、我が身に行ってみたら?

自分で、自分を、谷底に突き落とす。

這い上がらねば、野垂れ死ぬ。

ならば、死にものぐるいで、頑張るしかない。

這い上がれれば、当然、一皮も二皮も、剥けていよう。

まさに、生まれ変わったような感覚に。

その結果こそ、谷底に落ちた価値。

ただ、汗を流しただけでは、意味はない。

自分にとっての谷底って、一体、どんな姿形か?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 7日

無意識から無を取って

時代劇を見てると、こういう台詞が出て来る。

「お天道様が、見てなさる」

太陽に人格は無いので、神仏の言い換えだろう。

普通に、人間よりも、高次元の存在があることを、長屋の熊さんが、言ってるのだ。

それに関して、何ら疑問は持たない。

ということは、無意識に、自分も神仏を、認めていたわけで。

そう言われるまで、気づくこともなかった。

ならば、意識的に、認めてみれば?

自分の中で、何かが動く。

何となくから、しっかりしたものへ。

どのような分野でも、意識付けが必要なのだ。

それを持たない間は、馬耳東風を、地で行くことに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 6日

ある阿呆ではなくこの阿呆

踊る阿呆が、いるという。

踊らされる阿呆も、いるという。

どちらの阿呆が、より阿呆なのだろう?

考えるまでもない。

どちらも阿呆なのだ。

そう断じないと、阿呆同士で、言い争う。

「お前が阿呆だ」、「いやお前こそ」と。

阿呆のくせに、阿呆を論評できるのか?

風呂のお湯を、ヤカンで沸かすようなもの。

一見正しそうで、実は、馬鹿げた行為。

そんな阿呆こそ、自分の姿。

誰のことだと、思っていたか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 5日

目についた蜘蛛の糸

芥川の「蜘蛛の糸」に出て来るカンダタは、なぜ登れたのか?

生前に、一匹の虫を救ったからというが、本人が覚えているわけもない。

直接には、蜘蛛の糸を、目にしたから。

それでも、普通なら、無視するのでは?

まさか、蜘蛛の糸を伝って、上に登ろうなんて、考えもしない。

なのに、主人公は、やってみた。

幸運のきっかけなんて、蜘蛛の糸のように、細いのだろう。

でも、長く、丈夫でもあるようだ。

地獄の住人にさえ、そのチャンスはある。

だとしたら、現世に生きている我々には、もっとあるだろう。

なのに無視して、地獄行きの新幹線に、殺到している。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 4日

問題なのは自分自身

釣瓶落としの茜空、カラスが群れなし、飛んで行く。

どこぞの寝床へ、向かうのだろう。

もし、このような、帰る場所が無いとしたら?

私だったら、頭を抱えてしまう。

とにかく、行き着く場所を持たないのだ。

公園のベンチでは?

それさえ、一つの帰る場所。

そういう場所が、一切、無いとしたら、どうなる?

改めて、自分が、いかに恵まれているか、分かるはず。

では、その恵みを、周りに返しているだろうか?

自問自答の、種は尽きない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 3日

嫌う理由は過去の自分

約束の時間に、平気で遅れる人がいる。

周りが許すから、直ることもない。

そもそも、悪いことをしている自覚さえ、無かったりする。

しかし、約束を守るように、自分を律している人もいる。

そういう中には、このルーズさを、許せない人もいるだろう。

そればかりか、嫌悪感さえ、抱くかも。

この嫌悪感の元になってのが、自分が潰してきた、己のルーズさ。

であれば、人を嫌っても、気に病むことはない。

自分が、これまで努力してきたことが、目の前の人を、嫌う原因。

だから嫌悪すると同時に、こう思うのだ。

「こんな人間に、ならなくて良かった」と。

そう思えれば、イライラすることも、減ってくる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 2日

目を開けて

正論だからといって、必ずしも、受け入れられるわけではない。

特に、それが、都合の悪い人にとっては。

しかし、正しい論理だから、正論なのだ。

最低でも、聞く耳は、持つべきだろう。

問題なのは、その耳を、持とうとしないこと。

正論臭く感じた瞬間、シャットダウン。

まるで、聞こうとしなくなる。

そして、自分の持つ曲論、邪論こそが、正論なのだ、と。

ここまでくれば、お手上げに。

一体、どこの馬鹿者なのだ。

鏡を見たら、そこにいる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年11月 1日

以前は嫌な視線だったが

障害者に、なりたいか?

誰もが、否と答えるだろう。

そこに、偏見の種が生じる。

皆が皆、障害を持つことは、嫌なのだ。

だから、心の奥底、見えない所で、障害者も嫌となる。

もし違うと言う人がいたら、正直になり切れていないだけでは?

人の性根は、所詮、悪。

どう取り繕うと、覆せない。

だから、その悪性を、表に出さぬよう、努力する。

それをやらねば、すぐ顔を出すから。

すれ違いざま、嫌な視線を向けた、あの人のように。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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