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2018年10月14日

一面だけでは

足首を捻挫し、松葉杖の世話になる。

どんな人でも、その瞬間、何がバリアとなるかを、認識するだろう。

例えば、階段などが、そうだ。

しかし、それまでの階段は、上へ下へと、便利な存在。

当然、バリアなどとは、夢にも思わない。

認識はしていても、意味合いが異なる、ひとつの事例。

使う人によって、プラスにもマイナスにもなるもの。

世の中、そういうものばかり。

でも、一面しか、見ようとしない。

その面ばかりが強調され、反対の面は、無視される。

果たして、それで、大丈夫?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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