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2018年10月31日

いただきます考

以前、学校給食の「いただきます」が、ニュースになった。

親の方から、給食費を払ってるのだから、「いただきます」を、言わせるな、と。

当然、次のような反論が、起こった。

命をいただくのだから、感謝して「いただきます」と、言うべき、と。

今では、「いただきます」も、常識外の概念となりつつあるのだろうか?

ただ、最近、感謝するというのも、違うように思う。

家畜や魚が、「自分を食べて」と、身を差し出すのなら、感謝も有りだろう。

しかし、こちらの都合で、命を奪っているのだ。

そこに、感謝では、おかしいだろう、と。

生き物を殺して食べなければ、生きられないのが人間。

そこを、踏まえておかねば、おかしなことになるような‥‥

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月30日

不安の正体は?

個人的には、無意味なニュースだと感じているもののひとつが、これ。。

老後に必要なお金は、3千万円!?

間接的に、老後不安を煽っているだけ。

そもそも、老後なんて意識しだすのは、いつ?

早くても50代になってからだろう。

その段階で、3千万円持っていなければ、ほぼ夢物語。

残り10年で、どうやって作れと?

そういったニュースの結論は、「早い内から、貯金しましょう」

だから、無意味だと断じるわけだ。

そもそも、老後の不安って、お金の無いこと?

根本的に、誤っていると感じるのは、私だけなのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月29日

数字は正直

人の一生を、時間に直せば、25億秒ほど。

16歳なら、まだ20億秒を、持っていることに。

それだけあれば、何かを、成し遂げられるだろう。

だからこそ、その何かを見つけることが、大切に。

何となく過ごし、いつの間にか、32歳。

気がつけば、10億秒を、失っている。

48歳を迎える頃には、残り秒数の方が、少ないのだ。

数字というものは、嘘を付かない。

だから、自分の人生を、それに置き換えてみる。

何かを感じれば、まだ改善できる。

感じなくても、お好きにどうぞ、だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月28日

白紙に戻すのも一手

いじめのニュースが、毎日のように流れる。

これって、学校が、まさに地獄と化しているのでは?

よく学校側から発表される「いじめという認識はなかった」というコメント。

ということは、教師全員、地獄の鬼だったということになる。

自殺した生徒の命より、保身の方が、重いのだから。

そう思われることに、気づけないのだろうか?

であるなら、学校など不要。

学校さえ無ければ、我が子を失う親を、作らずに済んだのだから。

一度、これくらいの極論に立つべきなのでは?

社会システムが、金属疲労を起こしているように思えてしまう。

明るい未来を感じられねば、ただ苦しい、今があるだけ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月27日

すべてはジャストタイミング

なぜ、今まで、知らなかったのだろう?

そういう経験をする。

これが、地球の果てのことなら、知らなかった理由も分かる。

でも、ふと見れば、そこに在ったのだ。

なのに、知ることがなかったわけで。

理由としては、縁がなかった?

まさに、摩訶不思議。

それでも、知ることが出来た。

遅かったようにも思われるが、今がその時だったとも。

とにかく、知ったからこその、出来ることが生じる。

また、ひとつの扉が、開かれる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月26日

海の何が広大なのか

海というのは、ある意味、平等の権化。

というのは、どのような河川の水でも、受け入れるから。

この川の水は綺麗だから受け入れるが、こちらは汚れているからダメ。

などということは、決してないのだ。

その水が、清だろうと濁だろうと、併せ飲む。

そして、等しく、海水と化してしまう。

その単純にして、広大な働き。

見ているようで、まるで、見えていなかった。

それからすれば、何と、自分の矮小なことか。

つまらぬことで、ああだこうだ。

たまには、海水でも、なめてみるか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月25日

自分なりの理解

四苦八苦の四苦である、生老病死。

このうち、老病死が苦であることは、理解できる。

分からないのが、生まれることの苦。

というのも、体感記憶が無いからだ。

しかし、そういうものなのだろうと、何となく流していた。

それを、今朝のweb説法で、教えてもらった。

「あなたは、自分の思うような姿で、生まれてきたか?」

もっと背が高くとか、美人にとか、様々な生まれつきの不満があるだろう。

自分ではどうしようもない生まれこそ、苦である、と。

その流れで、生きていくことが、苦となるわけか。

別に、中途で障害負うだけが、苦ではないようだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月24日

時期を失したと思っても

生き物には、成長期がある。

最も分かりやすいのが、草花だろう。

発芽するまでは、ただ待つのみ。

どうなってるやら、知る由もない。

それが、いよいよ、芽を出してくる。

双葉が、本葉になり、おもしろいように、伸びていく。

何もせずとも、勝手に成長していくのだ。

だからこそ、何かをしないといけない。

この時期に、本当に何もしなければ、中身がスカスカに。

下手したら、肝心の花や実を付けることなく、枯れていく。

しかし、遅ればせながらでも、やれることはある。

なら、やれることを、やってみるだけ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月23日

首かしげるだけで済むのなら

何故、このような意見が、まかり通るのだろう?

そう、首かしげざるを得ない場合がある。

それもこれも、時代の流れ?

そう言われてしまえば、反論の余地もない。

どうせこちらは、時代について行けない身。

そうですかと、傍観するのみ。

ただ、自分の感覚に、合っていないだけのこと、と。

だから、まだ、生きていける。

これを、強制的に合わせろとか言われれば、身がもたない。

そうせずに済むのだから、感謝あるのみ。

とはいえ、火の粉が降りかかれば、即、払うのだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月22日

改めて見つめ直す

なぜ、あの人は、あんなことを言うのだろう?

そう思う暇があれば、「自分は、あんなことは言わない」と、決心する。

それだけで、反面教師の法則が成り立つ。

簡単そうだが、実は、なかなかに。

先の事例でも、「だよね〜、自分は、言えないよ〜」

こんな感じで、流して終わり。

よって、何かのきっかけ次第では、つい口に出してしまうのだ。

それもこれも、決心していないから。

その決心が、嘘まみれだから。

結局、簡単そうに見える、たったひとつのことさえ、満足に出来ない。

そんな自分を、あきれて見つめる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月21日

漢字が絵に

最近は、文字を、手書きしない。

もっぱら、キーボード入力。

だから、よく言われることだが、とっさに漢字が出てこないことも。

読めるが、書けない、という症状だ。

考え直すと、これって、漢字を、画像認識しているということでは?

薔薇とあれば、「バラ」と読める。

でも、スラスラ書くことなど、100%無理。

書けないのに、読めるのだ。

マンガやアニメのキャラを見れば、誰かが分かる。

でも、同じように書けるかと言えば、書けはせぬ。

それと同じことが、漢字にも起きている模様。

果たして、大丈夫と言って良いのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月20日

夢とは何か

夢を叶えたという人が、よく口にする。

「夢をあきらめないで」

カミソリ言葉だと思う。

どうしても、両手を上げて、賛同できない、自分がいるから。

というのも、それって夢?

夢というより、単なる欲望では?

その境界線が、非常に曖昧。

よって、夢をあきらめないことが、欲まみれに見えてしまうことが。

しかし、夢と欲の違いを、習ったことはない。

であるなら、その違いを、知ることも難しい。

結局は、個人の感覚次第と、なるわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月19日

スポットライト浴びようと

明るい人生を送る人もいれば、暗い人生送る人も。

人生悲喜こもごも、と言われる由縁。

もし、舞台で、ライトを浴びるかのような人生があったら?

誰もが、明るい人生だと思うだろう。

でも、当の本人は、暗い人生だ、と。

舞台で、ライトを浴び続けているにも関わらず。

客席にいる私には、理解不能。

何故、暗い人生なのか?

近寄って、初めて分かる。

その人は、ライトが眩しいと、目を閉じていたのだ。

いかに恵まれていようとも、受け入れなければ、無いも同然。

今の自分が、見えているか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月18日

なぜだろう

東の空が、徐々に明るくなる。

もうすぐ夜明けだ。

元旦でなくとも、神々しさを感じる。

一体、なぜなのだろう?

やはり、太陽の圧倒的存在感のせいだろうか?

そういえば、太陽を神とする宗教もある。

人の感覚には、人種による違いは無さそうだ。

では、なぜ、その感覚を、共有できないのだろう?

AさんもBさんも、根っこのところじゃ、同じ感覚を持っている。

そうだとすれば、同胞、仲間だろう。

なのに、大小様々な争いごとが、絶えない。

そちらの方こそ、なぜなのだろう?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月17日

たまには違うこと考えてみる

ニュースの見出しに、「平等」の文字が。

ただ、人は、見たいものしか見ないし、聞きたいものしか聞かない。

真剣に平等を考えるなら、見たくないものや、聞きたくないものを、受け入れねばならないだろう。

そう考えたら、平等を目指すことが、いかに困難か分かる。

仮に、「命は、すべて平等である」とする。

そうなってしまえば、どうなるだろう?

間違いなく、人類滅亡。

生きている物を、食することが、出来なくなるからだ。

そこまで突き詰めてみると、知識人とやらの「平等」の、薄っぺらいこと。

所詮は、自分の主張する条件内での、平等にしか思えない。

果たして、それを、平等と言えるのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月16日

押しやってしまいがち

朝晩が、冷え込みだした。

それに伴い、伸びまくっていた雑草にも、陰りが。

寒くなり、動きが鈍くなるのは、草も人も、同様か。

そういうことを思いながら、秋蒔きの種に、水を。

こちらは、寒くなってからが、季節到来。

寒さに弱い身としては、なかなか理解し難い原理なのだ。

そして、この理解し難いということこそが、厄介者。

自分が分からないから、向こうに押しやる。

その押しやった中に、特効薬が、含まれているとも知らずに。

そういう経験が、一度でもあれば、躊躇するだろう。

しかし、それがないため、やはり押しやってしまうわけだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月15日

差別というが

古い映画を見ると、最初に、注意書きが流れる。

「差別的な表現がありますが、云々」と。

これを見るたび、思ってしまう。

表現に、差別があるわけじゃなかろうに。

あるとすれば、その表現を使う人の、心の中だろう、と。

肝心なのは、どう思っているか。

丁寧な表現していれば、差別はない?

それこそ、嘘だろう。

人が、心の中で、どう思っているかなんて、知る由もない。

言葉尻を捉え、糾弾することが、差別と向き合うこと?

それのどこに、本質があるのだろう?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月14日

一面だけでは

足首を捻挫し、松葉杖の世話になる。

どんな人でも、その瞬間、何がバリアとなるかを、認識するだろう。

例えば、階段などが、そうだ。

しかし、それまでの階段は、上へ下へと、便利な存在。

当然、バリアなどとは、夢にも思わない。

認識はしていても、意味合いが異なる、ひとつの事例。

使う人によって、プラスにもマイナスにもなるもの。

世の中、そういうものばかり。

でも、一面しか、見ようとしない。

その面ばかりが強調され、反対の面は、無視される。

果たして、それで、大丈夫?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月13日

キンモクセイの香りから

今の季節、窓を開けると、キンモクセイの香りが漂ってくる。

どこに咲いているのだろう?

そう思い、窓の外を探してみるも、分からない。

大抵は、ひっそり咲いているから。

サクラなどと違い、目で追うことは難しい。

しかし、目で追わずとも、咲いたことを知れる。

その両者に、優劣が在るわけではない。

それぞれが、それぞれの咲き方をしている。

それに対し、人の側から、ああだこうだと、評論しているだけ。

花に謂わせれば、ただ咲いているだけ。

それをそのまま、受け取れるようになりたいもので。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月12日

ここそこどこ

「ここ」から「そこ」へ移動する。

別に、「ここ」という地名が、あるわけではない。

自分がいる場所を、「ここ」と呼んでいるだけ。

同様に、「そこ」だって、これから向かう場所だけのこと。

だから、「ここ」や「そこ」が、一般的に、あるわけじゃない。

よって、誰かとの会話の中に出てくると、混乱する元に。

相手が「ここ」と言う時は、相手にとっての場所。

よって、瞬間的に、相手の立場に、立たねばならない。

それが出来ないと、いつの間にか、「ここ」が、誰にとっての?となってしまう。

相手の立場に立ってるつもりが、自己中心だった。

よくあるパターンの、代表格だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月11日

バイキングにある多くの皿から

バイキング形式のレストランがある。

そこには、あらゆる料理が。

当然ながら、好き嫌いが出てくるだろう。

それすなわち、食べたい品と、食べたくない品となる。

でも、最大勢力は、どうでもいい品なのだ。

どうしても食べたい品、おそらく数品。

絶対、取りたくない品、これも数品。

残った数十品は、気が向けば、皿に取る。

となれば、どうでもいい品こそ、バイキングの肝にならないだろうか?

いくら好物とは言え、そればかりでは、飽きるだろう。

そもそも、好物だけ食べたいのなら、専門店に行けば良い。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月10日

アリでもキリギリスでも

「アリとキリギリス」という、イソップ童話がある。

基本的には、勤勉の大切さを、物語っているのだろう。

しかし、この話、意外に深い。

例えば、夏の間、バイオリンを奏でていただけのキリギリス。

その音楽に、癒やされたアリは、いなかったのか?

もしいたとすれば、そのキリギリスを、寒空の中、追い返す、アリの無慈悲さ。

また、冬には、寿命が尽きる定めにも関わらず、生き続けようとする、キリギリスの欲深さ。

一枚のベールを剥がすだけで、いろいろな解釈が生まれる。

二枚、三枚と剥がせば、まだまだ、出て来る。

表面的になぞるだけでは、真実は、見えて来ないだろう。

まあ、見えずとも、日常生活には困らないから、困ったものだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 9日

縁というもの

毎日、何万冊もの書籍が、出版されているという。

そのほとんどを、目にすることはない。

であるなら、今、目の前にある本には、縁があったということだろう。

触れ合うためには、縁が必須なのだ。

因だけでは、形にならぬ。

この辺りは、考えてどうこう出来るものではない。

だから、その縁を大事にし、読み進めてみる。

しかし、読むためには、時間が必要。

その時間も、無限ではない。

よって、縁があったからと、すべてを選択していたら、時間が足りぬ。

縁の中にも、取捨選択を。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 8日

実が落ち熟しを知る

機が熟す。

すると、何が起こるか?

そのことが、冗談みたいに、サクサク進む。

これまでの、引っ掛かりが、嘘みたいに。

そこに、科学的な説明はない。

ただ、機が熟したと、言えるのみ。

だから、躊躇なく、進んで行くし、また、行ける。

誠に、不思議な感覚。

そして、改めて、思い直せる。

これまで、やって来たことに、意味があったんだな、と。

すべてが、混ざり合って、機が熟したのだ、と。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 7日

種ひとつ

花の種を、蒔いた。

いつものことだが、すべてが発芽するわけではない。

見た目は、同じ種でも、種としてはダメなのが、混ざっているから。

つまり、それが本物の種かどうかは、発芽を待たねば、分からないのだ。

この段階で、ひとつの気づきがあった。

種が、「種だった」と分かった時には、その種は、すでに種ではない。

芽を出した瞬間、それは苗であり、種ではなくなっている。

種は、種でなくなった瞬間、種としての働きをしたわけだ。

種が、種の形で役立つのは、保存期間のみ。

蒔いた後でも、そのままだったら、役立たず。

ため息つきながら、改めて、自分自身を、叱咤する。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 6日

生きていく上での曲がり角

人生の曲がり角、という表現がある。

振り返れば、あの時が、そうだったな‥‥

まさに、人生の転換点だった、と。

実は、大勢の人が、その交差点を、通っている。

しかし、曲がり角と認識できるのは、曲がった人のみ。

素通りした人は、曲がり角があったことさえ、覚えていない。

だから、実際に曲がった人が、声を大にしても、ほとんど通じない。

「そうだったんだぁ」で、済まされるだけ。

だから、人生の曲がり角、あくまでも、個人の問題。

よって、曲がった先が、どうなっていようと、自己責任。

そのことから、逃げることは、許されない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 5日

有るとか無いとか

窓の外を見上げたら、白い雲が、浮かんでいた。

見た目は、綿菓子そのもの。

しかし、実際の姿は、まるで別物。

雲の中に入れば、そこは、真っ白な霧の世界。

入った瞬間、雲の概念は、消え去って行く。

有るのに、無い、なのだ。

考えたら、そういうものに、囲まれている。

有るのに、無い。

あれもそうだ、これもそうだ、と。

その先に、何かが、有りそうだが、どうだろう?

やはり、無いと、なるのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 4日

こう問われどう答える

「残り一週間の命なら、何をするか?」という問いかけがある。

答えが出たら、それを、一生の仕事にすれば良い、と。

しかし、この問いかけ、大きな問題がある。

それは、どうしても、残り一週間の命などとは、思えないこと。

頭の中で、想像はしても、心から思っているわけではない。

どうしても、奥底では、まだまだ生きると、思っているのだ。

そういう状態で、真の答えなど、導けようか。

真の答えにたどり着くには、やはり、きっかけが必要だと思う。

そして、そのきっかけは、決して、甘いものではない。

熱っ!と飛び上がるのは、熱湯に浸かった瞬間。

ぬるま湯では、肩まで、浸かるだけのこと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 3日

新しさを知るために

初めてやることでも、何となく分かる。

自分には、可能かどうか、が。

判断する基準は、これまでの経験となる。

よって、幅広い経験値を持てば、より正確に、判断できるというもの。

それでも、中には、一か八かということもある。

そして、見事に、大失敗とか。

しかし、それは、新たな経験として、生きるだろう。

だから、判断付かぬ場合は、挑戦してみる。

まさに、ダメで元々。

そうしないと、幅は広がらぬ。

広がらなければ、新しい光景など、見えては来ない。

そこに、何があるかを、知らぬまま。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 2日

不安について

健康のために、歩く。

何も悪いことではない。

だからといって、歩き過ぎ、足腰を痛めると?

本末転倒だろう。

そもそも、歩き出した理由は?

寝たきりへの不安、という声を聞く。

しかし、毎日歩いたら、寝たきりにならない?

そんな保証は、どこにもない。

結局、その不安は、不安がるから生じてしまう。

不安がらなければ、不安など、存在しようがない。

原因がなければ、結果は生まれないという、ひとつの真理。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年10月 1日

古いから新しく

何かを、新しくする。

きっかけは、古い何かが、あったこと。

例えば、古くて、役立たなくなった品を、新しくする。

どこか間違っているだろうか?

どう見ても、自然な流れ。

悪いところは、見当たらぬ。

しかし、この世に、完全なことなど、存在しない。

そう見えても、必ず、綻びはある。

だから、あえて、見直してみる。

新調することによって、何か、具合の悪いことでもあるだろうか?

見当たらなければ、それでも構わない。

ただ、立ち止まる習慣を、付けたいだけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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