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2018年9月30日

所詮は偽物

本物に触れると、偽物との違いが分かる。

そのはずなのだが、そうならないことも。

あまりに、偽物が、巧妙すぎる場合だ。

こうなると、素人目には、見分けが付かない。

結局、偽物を、本物だと、有り難がることに。

笑いが止まらないのは、偽物業者。

この世の春を、謳歌している。

だからといって、偽物に与するつもりは、サラサラ無い。

いつかは、その偽の春も、終わる。

そして、やって来るのは、本物の冬。

それも、猛烈に厳しい冬だろうから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月29日

考えるな感じろなのか

考えれば、不思議なものだ。

なぜ、自分は、車イスの身体で、生きているのだろう?

どう見ても、健康体ではない。

法律上でも、障害者と分類される。

不便なことなど、数え切れない。

それでも、普通に、生きている。

なぜなのか?

何か、課題が、隠されているのか?

考えれば、疑問が、次から次へと、浮かんでくる。

しかし、それは、自分の頭で、考えるからだろう。

それを手放さねば、答えは、見つからないような気がする。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月28日

何を芯とするか

図工の時間に、紙粘土で工作。

手抜きし、芯を省けば、途中でポロリ。

結局、取り返しがつかなくなった。

この場合のポイントは、紛れもなく「芯」

これが無かったため、どうしようもなくなったわけだ。

これって、人の場合も、同様だろう。

自分の中に「芯」が無ければ、どうしようもなくなった時、踏ん張れない。

踏ん張るべき時に、踏ん張れないのだから、結果は、考えるまでもない。

では、何を以って、「芯」とするか?

個人的には、「芯」は、「信」につながると思う。

まずは、自分を信じ、自信としてみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月27日

言われてみれば

ある人が、面白いことを、書いていた。

井戸端会議で盛り上がるのは、その場にいない人の苦労話だと。

例えば、「Aさんのご主人、今度、部長になるんだって」

こういう話題は、3分ともたない。

なのに、「Aさんのご主人、今度、リストラされたんだって」

もう2時間でも、3時間でも、喋り続けるらしい。

そこにあるのは、ただひとつ。

他人の不幸は、蜜の味。

しかし、誰でも、知っているはずだ。

それが、本物の蜜などには、成り得ないということを。

なのに求めてしまう心こそ、矯めねばならないわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月26日

どちらに属すか

昔読んだ本に、パレートの法則なるものがあった。

80:20の法則とも呼ばれる。

2割の製品が、売上の8割を占める、等というもの。

それを、自分自身に、応用してみる。

とりあえず、時間の使い方。

どこに出しても恥ずかしくない、有意義な使い方を、2割もしているか?

その瞬間、この法則が、崩れ去る。

知らず知らずのうちに、何となく過ごしてしまっている。

砂時計の砂は、決して止まらない。

こうしているうちにも、残り時間は減っている。

満足な生き方とは、程遠い。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月25日

三年寝ていようとも

子供の頃、読んだ絵本にあった「三年寝太郎」

今思えば、深い話と、実感させられる。

三年間、村人からは、怠け者とそしられる。

それでも、「どうすれば村を旱魃から救えるか?」を、必死に考える。

考え抜いた末に、灌漑用水を作るわけだ。

怠けているかどうかは、結果が物語る。

どのような過程だろうと、結果が出れば、良いわけだ。

もし、三年ではなく、一生寝太郎だったら?

本人曰く「一生懸命、考えていた」

それでも、結果は、何も出ず‥‥

やはり怠け者だったと、そしられる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月24日

不安の種

「学生の就活事情が変わるかも」というニュースが、流れた。

それを耳にした学生からは、不安の声。

なぜ、不安なのか?

それは、就職というピースが、まだ埋まっていないから。

よって、既に就職している人間には、どうってことないニュースとなる。

そんな人でも、「勤める会社が巨額の負債」なんてニュースになれば?

たちまち、不安の声を、上げるだろう。

つまり、不安の種は、あるべきピースの欠け、ということに。

人は、不安を無くそうと、懸命にピースを埋めようとする。

それでも、欠けてしまうことは、確かにあるのだ。

さて、その時、どう振る舞えるか?

これもある意味、真価を問われているのだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月23日

何のために何をする

各地で「見守り隊」なるものが、結成されている。

対象は、子供であったり、高齢者であったり。

そこにあるのは、見守る者と見守られる者。

でも、きっかけは、ハッキリしている。

誘拐だったり、徘徊だったり、と。

であるなら、見守られる者がいなければ、見守る者は不要となる。

つまり、高齢者ばかりの地域に、「子供見守り隊」は必要ない。

当たり前と言えば、当たり前。

そう言えるのも、何が大切かを、しっかり認識できていればこそだろう。

何かを始めるには、その共通認識が大切。

一番大切なものは、何?

それが見えていなければ、何をやっても、上手くは行かない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月22日

ちょっとした大事

前線の影響とかで、このところ雨続き。

そういう時は、家の中でじっとしているに限る。

とにかく、雨に濡れた車イスは、危険なのだ。

ブレーキが、まったく利かなくなるから。

止まらなければならない場面で、進み続ける。

その恐怖は、体験した者しか分からない。

「雨くらい大丈夫だろう」

その、ちょっとした油断が、まさに命取り。

あっと思った時には、もう遅いのだ。

この「雨」、いろいろなものに、置き換えられる。

言葉とか、態度とか、諸々に。

それらすべてが、ちょっとしたもの。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月21日

教えられはするものの

アニメで見た西遊記。

孫悟空が、筋斗雲で、自在に飛び回る。

しかし、所詮は、お釈迦様の掌の上。

自惚れの愚かさを、教えてくれた。

だからといって、自分を正そうとしたわけじゃない。

そこまでは自惚れていないと、自惚れている。

などと、他人事のように解説することが、すでに自惚れ。

どこまで行っても、「自分は正しい」だ。

何と言うか、本能のようなもの。

治そうとしても、根は深い。

治せると思うことこそ、自惚れそのもの?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月20日

最初で最後の一葉

小学生の頃、通学路の途中に、桑畑があった。

養蚕農家が、あったのだろう。

そこでは、蚕が、懸命に桑の葉を食べていたはず。

それを、人生に例えてみる。

自分の人生は、一枚の桑の葉。

それを、食べ終われば、人生も終わる。

でも、食べ初めの頃は、広い葉っぱ。

だから、いつまでも、食べ続けられると思っている。

また、食べる場所によっては、甘かったり、酸っぱかったり。

それでも、まだまだ、食べられる‥‥

果たして、自分は、繭を作ることが、出来るのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月19日

範囲の外に出てしまったら

私の両腕は、麻痺の度合いが異なる。

左腕の方が麻痺少なく、可動域が広い。

よって、容器を持つ手は、左となる。

さすがに、利き腕ではないため、箸までは持てないが。

そんな左手を使い、いつものように、コーヒーを飲んでいた。

飲み終わり、コーヒーカップを、身体の右側へ、移動させようと、持ち替える。

右手に渡されたカップが、テーブルの上を移動していく途中で、落ちてしまった。

右腕の可動域外まで、動かしたからだ。

45度以上開くと、筋力ゼロとなる。

おそらく、文字では伝わらないだろう。

ただ、そういう身体を、持っているだけのこと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月18日

分かりやすいバリアフリー

車イスの身体になって、20年弱となる。

その間に、最も変化したのが、外出時のトイレ事情だろう。

以前は、どこかへ外出しようとしても、躊躇した。

トイレがどうなってるか、分からなかったからだ。

しかし、今では、あちこちに身障トイレがある。

20年の間に新設された、各種建築物や公園。

それらが大型であれば、まず間違いなく、身障トイレが付随する。

だから、目的地にトイレがなくとも、その前後で探せば良い。

これは大きなアドバンテージ。

外出する際のためらいなど、どこ吹く風に。

だからといって、外出機会が増えたわけでもないのは、ご愛嬌。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月17日

時だけでは解決しない

ラジオを聴いていたら、あれ?という話が。

思い出したのが、徒然草にある「仁和寺にある法師」の話だった。

石清水八幡宮へ旅した法師が、門前の寺社を参っただけで、本宮へ参らなかった、という話。

ラジオでは、東京を目指した田舎者が、横浜を東京だと勘違いする話になっていたが。

要は、そこを知る先導者がいないと、独りよがりをしてしまうということ。

それにしても、徒然草は、鎌倉時代の随筆。

なのに、今でも、納得できる話が、結構あるのだ。

ということは、人間なんて、まるで中身が、変わっていない?

それはそれで、情けなくもある。

つまり、人は、意識的に変わろうとせねば、変われないのだろう。

何百年経とうと、時は解決してくれないようで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月16日

一見にしかず

百聞は一見にしかず、ということわざ。

要は、経験しろということだろう。

仮に、何かの解説書があるとする。

経験者にとっては、その説明の優劣が分かるだろう。

いかにも正しそうな論調だが、的外れということも。

中途障害者にとっては、それが日常茶飯事。

空虚なバリアフリー論など、吐くほどある。

まさに、頭の中で、考えただけだな、と。

問題なのは、そんな虚論が、大手を振って歩いていること。

というのも、健常者には、そちらの方が、分かりやすいのだ。

しかし、あくまでもそれは、健常というフィールド上でのバリア。

障害というフィールドに立てば、バリア自体が、変わってくる。

しかし、一見せねば、理解不能。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月15日

ものは言いよう見ようなり

ある日、足が動かなくなった。

そう思うと、悲しくなる。

ある日、動かない足をもらった。

何となく、笑えてしまう。

足が動かないという事象は、変わらぬ。

しかし、光の当て方次第では、気持ちが変わる。

よく言われる「まだ」と「もう」の対比。

それに近いものだ。

ちょっと心の向きを変えるだけで、それまでのマイナスが、プラスに傾く。

落ち込むだけでは、何も変わらない。

それ以前に、落ち込み続けることなど、出来はしない。

ならば、速やかに、切り替えた方がマシだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月14日

縦軸と横軸

今年の夏は、暑かった。

軽症ではあったが、熱中症にもなった。

そんな夏も、どうやら終わったようだ。

朝晩の涼しさが、それを物語る。

そんな秋が深まり、冬の足音が聞こえだす頃、忘れてるだろう。

今夏の猛暑のことを。

そんな思いに耽る暇もなく、寒い寒いと、ぼやいていよう。

そんな季節の流れは、人生の横軸だ。

では縦軸には、何を据える?

人生の目的以外、思いつかない。

横軸には、限りがある。

なのに縦軸、伸びていないぞ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月13日

内なる力に目を向けて

あれが良いと聞けば、あれ試し、これがと聞けば、これ試す。

病で気が弱くなると、その罠にはまってしまう。

病を治すのは、自己の治癒力。

だから、治るものもあれば、治らぬものもあるわけで。

しかし、人の気持ちとしては、「治したい」が強い。

だから、藁にもすがってしまう。

冷静に振り返れば、分かるだろう。

藁は、所詮、藁でしかない、と。

自分の治癒力は、外の藁にあるわけじゃない。

すでに、己の中に、持っているのだ。

ただ、その取り出し方を、知らないだけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月12日

ひとつの眠りから

これが本当の意味で、熟睡だったのか。

そういう体験をした。

就寝したのは、いつものように、午後10時過ぎ。

そのまま、深い眠りに就いたのだろう。

ハッとして目覚めた瞬間「しまった、寝過ごした」と。

しかし、時計を見て、あ然。

針は、10時30分だったから。

つまり、寝ついてから、15分しか経っていなかったのだ。

なのに、寝過ごしたと感じるほどの熟睡感。

もう、このまま起きても、大丈夫のような感覚に。

これは、貴重な体験。

これからの睡眠の質を測る、バロメーターとするつもり。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月11日

見えなくともそれなりに

十年一昔などと言われる。

10年間というのは、それなりに長い時間なのだ。

どういうことだって、10年も続けていれば、それなりの形になっているはず。

なのに、自分には、そういうものが無い。

そう断じてしまいがち。

というのも、その形が、目に見えるものとは限らないから。

でも、何もしていないようで、やはり何かはしている。

それを自覚したのが、1冊の本。

10年前に購入し、数回読んでいる。

その本を、改めて、読み直してみた。

新たな気づきが、次から次だった。

10年間、ただ、ボ〜ッと過ごしていただけ、ではなかったようだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月10日

進歩するもしないも

やれば出来るのに、やらない。

ということは、出来ないことは、出来ないままだ。

それが、何を意味するか?

進歩がないということになる。

出来ないことを、どうにか出来るように、努力する。

進歩することへの、きっかけだろう。

それを放棄しているのだから、進歩のしようもない。

まあ、それでも良い。

そういう人も、確かに存在する。

だから自分も、その輪の中に?

どう考えても、同調できない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 9日

そういえばそうだった

先日、一年ぶりくらいに、書店へ出向いた。

そして、そういえば、そうだったことを、思い出す。

車イスで手に取れるのは、平積み本のみ。

書棚に面白そうなタイトルがあっても、届かないのだ。

店員の助けを借りれば、手に取ることは出来る。

しかし、購入するかどうかは、分からない。

それを戻してもらい、また違う本を、取ってもらう。

何度も、繰り返し出来るものじゃない。

だから、足が遠のいたのだった‥‥

これは、本に限った話じゃない。

車イスで、ストレス感じる場所、全てから足が遠のいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 8日

だからといって皆が皆でもないことも

先日、野球観戦をした。

球場内には、1万人ほどの観客。

選手の一挙手一投足に、歓声が上がっていた。

そんな中、すぐ前の席に、家族連れが。

すると、小さな姉妹が、開始後10分もせぬうち、絵本で遊び出した。

選手の動きなど、まるで眼中に無いかのように。

これが、野球場でなく、動物園や水族館なら?

この子達も、また違う動きだっただろう。

であるなら、他の観客は、どうだったのだろう?

実は、野球観戦より、スマホいじりが忙しい人もいたのでは?

大雑把にくくると、一つの面しか、見えなくなる。

その中では、複雑な動きがあったとしても。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 7日

一方通行

車を運転し、狭い路地に入ると、一方通行だったりする。

そのせいか、「一方通行」という言葉には、あまり良いイメージがない。

ところが、ある本に、こんな文言があった。

一方通行の人間になれ!

なかなか過激な言い回しなのだが、中身はシンプル。

要は、見返りを求めるな、というもの。

確かに、誰かに何かをしてあげれば、感謝されて当然だと思う。

もし、相手が、何の反応もしなければ、怒りさえ。

これでは、一方通行どころではない。

この段階で、一方通行のイメージが、激変。

魔法の言葉を、また、ひとつ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 6日

無いからこその存在感

台風の厚い雲がかかったせいで、暗い朝に。

いくら暗い朝でも、夜は明けたと知ることが出来る。

それは、やはり、明るいからだ。

朝としては暗いだけで、それは、夜の暗闇ではない。

雲の上から、しっかり、陽は降り注いでいる。

お日様の有り難みを、実感できる。

これを感じるのは、暗い朝だから。

いつもの、明るい朝では、こうじゃない。

当たり前の朝だから。

やはり有り難みを感じるのは、無くしてからか‥‥

無いのに大きな存在感。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 5日

ただ自分にとって

私の身体は、あちこち麻痺している。

よって、思うようには、動かせない。

その不自由な身体で、何かをやろうとすれば、工夫が必要。

通常なら、面倒なことだろう。

ところが、幸いなことに、それを面白がれる。

自分なりに工夫し、いろいろ、やってみることを。

だから、素直に、思えるのだ。

動かなくなった身体でも、辛いばかりじゃない、と。

とはいえ、一般人には、無縁の世界。

よって、分かってもらおうなんて、露ほども思わない。

ただ、自分にとっての、縁ある世界。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 4日

自分にとっての先生とは

自分の知らないことを、知る人がいる。

そういう人を、先生と呼ぶ。

そう定義すれば、数多の先生が、存在する。

ただ、世の中には、知る必要のないことも、多々あるわけで。

その辺りを、ふるいにかける。

知るべきこと、ただそのことで。

すると、三人の先生が存在することに。

自分の知るべきことが何かを、教えてくれる人。

その何かの知り方を、教えてくれる人。

それを本当に知ったかどうかを、教えてくれる人。

ひょっとしたら、すべて教えられる、スーパー先生が、いるかも知れぬ。

出会えたとすれば、まさに最大幸福そのものだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 3日

柔軟に対応

最終的に、自分は、どうありたいのか?

目標とは、そういうものだろう。

しかし、不測の事態は、必ず起こる。

例えば、風邪を引いたとする。

普通は、早く治したい。

であるなら、おとなしく寝ているに限る。

でも、トライアスロンに出場することを、目標としているとする。

すると、風邪でふらつきながらも、ついトレーニング。

結果、こじらせ、入院したりとか。

ひたすら邁進することが、正しい結果を生むとは、限らない。

必要なのが、柔軟性であり、バランス感覚だろうと感じてる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 2日

健康でなくとも

平均寿命と健康寿命には、10年ほどの差があるらしい。

80歳が平均寿命だとしても、健康でいられるのは、70歳までとか。

仮に60歳だったら、あと20年生きられるとしても、全期間が健康ではない。

その覚悟が、必要となる。

と書いてきて、ふと思った。

私の身体は、すでに健康体ではない。

この場合の健康寿命とは、どうなるのだろう?と。

考えたら、そんなものは、存在しない。

障害を負ってからは、ただ寿命があるのみ。

これを、非健康寿命とでも、呼称しよう。

健康でなくとも、幸福はあるという生き方はある。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2018年9月 1日

暗闇を照らすものは何か

「明けぬ夜はない」という、励まし方がある。

そう、必ず、世は明けるのだ。

では、何を以って、夜明けというのか?

陽が昇った時だろう。

暗闇の中、陽が昇り、明るくなる。

それを、夜明けという。

では、今、苦しんでる人にとっての、夜明けとは?

何が、陽となるのか?

人それぞれ、違ってくるのだ。

就職出来ずに悩んでる人にとっては、仕事の口。

その人に、ガンの特効薬を渡しても、苦しみは消えないわけで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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