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2017年3月31日

自分なりの可能性

自分でやれることには、限りがある。

身体の不自由さが、枷となるから。

だからといって、適当にやって良いわけではない。

それは、単なる甘え。

やれることに関しては、限界までやってみる。

少なくとも、その意識付けは、失わず。

その結果、やれることの、幅を広げることは、出来ずとも、深みは増せるのだ。

その結果、質は異なれど、同等の体積は得られる。

その可能性は、格段に高まる。

何ごとも、決め付けは、益なしだろう。

どのようなものにも、可能性は、潜んでいる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月30日

おまけ時間

通常より、1時間早く、目覚めてしまった。

二度寝も出来ぬほど、ぱっちりと。

このまま起床すると、その後の流れが、ギクシャクする。

だから、なかなか出来ない、思索タイムに。

1時間、いろいろなことを、考えてみる。

これまでを省察し、今後に活かす。

こういう時間は、なかなか取れない。

それが、向こうから、やって来たようなもの。

たかが1時間、されど1時間なのだ。

しかし、集中しすぎて、時間オーバーは、本末転倒。

それでは、寝坊と、同じことに。

予防策に、タイマーセットし、再び黙考。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月29日

微妙な違い

幸福か不幸か、どちらか選べ。

間違いなく、幸福を選ぶ。

しかし、幸福が、ある日突然、やって来るわけではない。

そこに至るまでの、道のりがある。

その道も、幸福の矢印に、沿って行くだけでは?

そこが、簡単にいかないわけだ。

道しるべは、「快」か「不快」か。

そうなると、自然と、「快」の道を選び続ける。

好き好んで、不快になんて、なりたくないから。

しかし、その「快」の道が、快楽へ落ち込ませる可能性も。

結果、幸福になりたかったはずが、不幸へまっしぐら、とかに。

幸福への道のりには、嫌でもやらなければならない行程がある。

不快でも、避けて通れぬ、道がある。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月28日

絶望

受け入れがたい事実に直面した時、人は絶望するという。

その要因は、様々だろう。

私には、中途で障害を負い、歩けなくなったという事実がある。

このことで、絶望したか?

答えは、否である。

自分の身体のことだから、何となく、自己完結できていた。

しかし、その事実を元に、信頼していた人に、裏切られたことが。

こちらは、さすがに、大ショック。

絶望といえば、絶望に近かっただろう。

よって、受け入れがたい事実に、想定外の仕打ちをされた時こそ、絶望してしまう。

絶望に関しては、意外に、打たれ強いと感じる。

しかし、ちょっとしたきっかけで、崩れ去るとも思えてしまう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月27日

自分は良くても

私が読んでる本を見て、貸してくれと言った人がいる。

シリーズ物だったので、既読分を貸し出すことに。

当然、読み終わるまでは、時間がかかる。

よって、返すのは、いつでもいい、と。

結論から言って、その本は、帰って来なかった。

幸い、手元に置きたい本でもなかった。

よって、それはそれでいいか、に。

ただ、借りた人は、どういう心境なのだろうか?

ひょっとしたら、借りた事自体、忘れているのだろうか?

だとすれば、そのうっかりが、評価を貶めることに。

自分では、些細なことと判断してもだ。

同じようなこと、我が身にないか、調べ直した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月26日

明るい朝

春分を過ぎ、昼の時間の方が、長くなる。

それを如実に感じるのが、朝だ。

これまでは、起きても、しばらく、暗いまま。

それが、いつの間にか、白んでいる。

気がつけば、朝日が差し込んでいたりする。

それだけで、活動的に、なれたりする。

ただ、朝が、明るいというだけで。

何事も、気の持ちようとは、よく言われる。

それらは、すべて、自分の問題。

明るい朝を、ポジティブな心で、迎えられるか?

ひとつのバロメーターと、なっている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月25日

遠足前夜

4コマ漫画に、遠足前夜に眠れぬ子供の姿が。

当然私も、遠足前夜は、何度も、経験している。

しかし、興奮の余り、眠れなかったという記憶がない。

ひょっとしたら、漫画同然の経験があったかも知れない。

しかし、それらは、忘却の彼方へ。

どちらにしろ、子供の頃の遠足というのは、一大イベント。

だから、記憶の有無に関わらず、眠れないことを、納得できる。

楽しすぎて、眠れない。

想像しただけで、笑みが浮かぶ。

ところで、大人になった今、そういうものがある?

心配すぎて、眠れない方が、多いような。

果たして、それで、良いのだろうか?

良いわけなければ、何をどうする?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月24日

探し出す

些細なことを、大げさに言うタイプ。

たまに、そんな人と、出くわすことも。

大抵は、時間の無駄と、相手にしない。

ただ先日は、ふと思ったことがあった。

なぜ、こうも大げさなのだろう?

時間もあったので、観察してみた。

そして、考えついたのが、こういうこと。

きっと自分を、立派に見せたいのだろう。

要は、見栄っ張りというだけ。

そこに思い至り、改めて認識する。

つまらぬことでも、学びの要素は、隠されている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月23日

ものの価値

健康だった頃は、ある意味、受け身の人生だったかも。

目の前に現れた課題を、とりあえずこなしていく。

そのほとんどが、与えられた課題‥‥

それでも、充実感はあった。

だから、何ら疑問も、はさまなかった。

それが、自発的に変わったのは、いつからだろう?

紛れもなく、歩けなくなってから。

そもそも自発的にならねば、物理的に生きられなくなった。

楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるようなもの。

自発的な行動が、思考の面にも、及んでいったわけだ。

この自発的な生き方というのには、これまでと違った充実感がある。

だから、歩けなくなったことにも、価値を見出だせる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月22日

それ本当か

やらねばならないとしたら、それは義務。

だから、優先順位は、必然的に高くなる。

それが、数多あると、プレッシャーがかかる。

それに、押しつぶされそうな感覚にも。

しかし、本当なのだろうか?

というのも、自分が思っていた「やらねばならない」を、見直した時のこと。

シンプルに考えたら、意外に少なかったのだ。

その核の部分に、余計な装飾品をつけていた。

つまり、勝手に自分で、義務を肥大化していたわけで。

それらをそぎ落としてみた結果、一種の安堵感。

簡単ではないが、これだけをすればいいんだ、と。

やらねばならないことなんて、そんなにあるわけじゃなさそうだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月21日

こだわりの裏側

車で走っていたら、目立つ看板があった。

そこには「こだわりのスープ」と。

通常、こだわることは、プラスの面を、伸ばすことに。

スープのコクにこだわったのなら、その面の材料を、選び抜くだろう。

おそらく、ここの店主も、いろりろと、こだわり抜いたはず。

でも、こだわることのマイナス面も、実はある。

こだわる元には、嫌う何かがある。

コクにこだわるのなら、逆に、あっさりは嫌だと言う風に。

やはり、ここにも、二面性がある。

どんなによく見えても、必ず、隠れた裏がある。

その裏を、読み違えると、躓いてしまうことにも。

そうならぬためにも、まずは一歩、踏み込んでみる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月20日

取捨選択

若い頃なら、手当たり次第に、やることも可能。

しかし、50を過ぎたら、そうもいかぬ。

あらゆる場面で、取捨選択が、必要に。

これは、人間関係でも、同様だ。

今更、友達百人でもないわけだ。

そうなると、遠ざけていくタイプが、出て来る。

私の場合、話の通じぬ相手。

早い話、聞く耳持たぬ人間と関わっても、時間の無駄だ。

だから、こういうタイプと、疎遠になっていく。

本来なら、スパっと切りたいところだが、長年のしがらみが、まとわりつく。

無理に切れば、こちらも怪我をする場合も。

だから、徐々に、遠ざかる。

とにかく、すべての面で、取捨選択を。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月19日

期待

誰かに、期待される。

当然、それに応えようとする。

そのためには、かなりの努力を、要するかも知れない。

それをしてでも、応えようとする。

なぜか?

自分が、それに応えたいから。

その根底には、誰かの役に立ちたいという、願望がある。

それが、直接的に現れるのが、期待だろう。

そもそも、期待されるということは、何らかの価値があるということ。

結局、その価値がなくなることを、恐れているのかも知れない。

障害を負うとか、歳を重ねるとか、あることを、錯覚しやすい。

自分には、もう価値が、無くなったのだ、と。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月18日

時と場合

子供の頃のなぞなぞに、1+1=?というものがあった。

答えは、「田」

初めて聞いた時は、感心したもの。

だからといって、算数のテストで「田」と書いたら?

下手をせずとも、先生に叱られただろう。

なぞなぞで遊んでる時間なら、「田」が許される。

というより「2」などと答えたら、総スカンかも。

子どもの頃でも、時と場合を、学んでいたのだ。

意識せずとも、使い分けが、できていたわけだ。

そして、今、大人と呼ばれる年齢。

時と場合を、使い分けている?

我を張って、周りをギクシャク、させていないか?

果たして、学びが、実を結んでいるのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月17日

時間をかけて

これまでの来し方を、省みる。

愚かなことをしたと思うことが、ちらほらと。

それが、繰り返されていたとしたら、自分自身が愚者。

上辺だけの反省、身に付かない矯め。

このままでは、愚かなまま、終わってしまうだけ。

そう省察し、二度と、愚行を繰り返さない。

そう決心し、1年、2年と過ぎていった。

すると、いつの間にか、消えている。

少なくとも、一つの愚かさが、消えている。

それでも、まだまだ、他の愚かさ残る。

それを消し去るだけで、良いのだろうか?

悩む前に、消し去ってみろ、か。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月16日

消えた光景

ある人のブログに、ビュッフェスタイルの画像が。

多くの皿に、色とりどりの料理が並んでいた。

私も、社会人時代には、幾度となく目にした光景。

しかし、今後は、おそらく触れることもなかろう。

理由は、簡単。

料理を取りには、行ける。

でも、それを、どうやって持ち帰る?

ましてや、飲み物は?

物理的に、不可能なのだ。

私の腕は、常に、車イスのタイヤに。

両手が塞がるとは、こういうことだ。

言われてみないと、意外と、気付かないものなのかも。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月15日

西日の功罪

私の部屋は、西側に窓がある。

夕方になると、その窓から、西日が入るようになった。

今の時期なら、ありがたい。

夕方の寒さが、緩和されるから。

西日といえば、夏の暑さとセットのように言われがち。

言われた上に、忌避される。

でも、寒い時期の西日は、役に立つ。

あまり言われないが、プラスの面だろう。

マイナスの面ばかり見ていたら、まず気づかないこと。

100%の絶対なんて、現実には、あり得ない。

すべてのことに、両面性。

ましてや、人の心など、多面過ぎるほどなのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月14日

身に染みて

自分では、まっすぐ歩いてるつもり。

なのに、振り返ってみれば、大きく曲がっていた。

原因は、何だったのだろう?

もし、それを突き止められなかったら、曲がりっぱなしに。

いくら、気をつけていても、いつの間にか、曲がっていくだろう。

曲がるということは、どこかのバランスが、崩れているのだ。

そのために、右や左に、ずれていく。

これを、自力で直すのは、困難極まる。

なぜなら、長年のクセとなっているから。

そのバランス崩れた姿が、自然体に。

それを矯めることが出来るか?

その覚悟を、定めることが、出来るだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月13日

褒める

誰かに「よくやった」と、褒められる。

滅多に無いことだから、記憶に残る。

その記憶が多ければ、それなりに役立ったということだろう。

でも、本当に、よくやったのか?

その答を知るのは、自分のみ。

適当にやっただけなのに、周りのレベルが低過ぎた。

その結果でも、「よくやった」だろうし。

ある意味、もったいないと思う。

ステージ変えれば、もっと違う景色を、見ることが出来るのに。

最終的には、自分で自分を、褒められるか。

誰かに褒められずとも、自信を持って、自分を褒める。

「本当に、よくやった」と。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月12日

手入れ

信号待ちしていたら、隣のレーンに、懐かしの名車。

見た瞬間、「まだ走っていたんだ」

オーナーにとって、思い入れのある車なのだろう。

大切に乗っているのが、見て取れた。

では、私にとって、その車同然のものとは?

紛れもなく、自分の身体。

あちこち麻痺のある身体になって、丸17年。

大切にしている?

自分なりに、大切にしているつもりではある。

しかし、先だっての名車ほどでは、なさそうだ。

まだまだ、廃車とするわけにはいかぬ。

出来る範囲の、ケアは続けよう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月11日

自分次第

車イスで、初めて、街に出た時のこと。

どうしても、他人の目が、気になった。

見るとはなしに、見られてる。

体験者なら、分かるだろう。

それが、今では、皆無なのだ。

その差を、考えてみた。

当然、視線は、確かにある。

しかし、気になることなど、まるでない。

結局、覚悟が定まったのだろう。

車イスの身体で、生きていくという。

だから、他人の視線くらいじゃ、動じない。

見たけりゃ勝手に、見ればいい。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月10日

今なのか

やらなければならないことがある。

分かってはいるのだが、具体策が出て来ない。

こういう場面に、遭遇することもある。

通常なら、愚策の一つや二つは、出て来そうなもの。

それが、全くというのなら‥‥

時期が、今ではないということ。

やらねばならぬことに、間違いはない。

ただ、今、あせってやることではない。

これに気付くまで、苦労した。

今やらないと、怠けに繋がっていく。

だからといって、無理してやっても、墓穴を掘るだけだった。

その時期なのかどうかも、見極めていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 9日

季節の変わり目に

いつものように、夜明け前、新聞取りに、外へ出る。

すると、これまでの凍てつきが、消えていた。

その瞬間、ふと思った。

もう春は、そこまで来てるかな、と。

文字通り、肌で感じたわけだ。

この季節なるもの、こちらが何をせずとも、変化する。

ぼーっとしていても、春は来る。

だからなのか、他のことでも、その罠に。

何もせずとも、そのうち何とかなるだろう、の。

大抵は、何かしなければ、何ともならない。

ぼーっとしていたら、冗談抜きで、朽ち果てるだけ。

一体、何をやっているのか?

胸を張って、答えられるか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 8日

自己責任

自分のことでも、出来ないことがある。

よって、誰かに、代わってやってもらう。

ここまでは、何ら問題なし。

問題は、代わりにやってもらったことに、トラブル発生した場合。

つい代理人を、責めてしまう。

しかし、本来は、自分の問題。

やってもらったことを受け取った段階で、相手からは離れる。

そこに瑕疵があったとしても、確認しなかった自分の責任。

いい加減な仕事をする相手だったとしても、選んだのは自分。

であれば、解決するために動くのは、自分なのだ。

済んだことを嘆いても、何の足しにもならない。

やるべきことは、それじゃない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 7日

風船

ヘリウム入りの風船は、飛んで行く。

上へ上へと、飛んで行く。

それを見て、自分も、同じように、飛んでみたい、と。

苦労を重ね、ガス充填。

さあ、いよいよだと、飛び上がった瞬間、引っ張られた。

風船のヒモ同様、人の手に。

自分の意志で、自分なりに考えた、幸福を目指す。

それなのに、足を引っ張る人間が、なぜか出て来る。

それも理由は、「あなたのことが、心配だから」

言わせてもらえば、余計なお世話。

その証拠に、何がどう心配?

答えが返って来たことはない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 6日

気力

入院して1ヶ月ほどは、身体から、針が抜けなかった。

チューブに繋がれた、寝たきり状態。

話に聞くのと、体験するのとでは、当然ながら大違い。

正直、二度とゴメンだ。

しかし、それがあったから、今がある。

この事実は、変えられない。

二度とゴメンと思えるような体験さえ、必要なことがある。

避けたくても、避けるわけにはいかぬ。

ならば、対峙するしかあるまい。

必要なのは、その覚悟。

筋力、体力、必要なし。

ただ、気力のみで、向かい合う。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 5日

遠い思い出

ひとつの課題を、クリアした。

ホッとする間もなく、また、次が。

そういう状況に、陥ったことがある。

その時、どうしていたか?

ただただ、その課題をクリアするだけで、必死だった。

なぜなら、今解決しようとしている課題の、すぐ後ろに、次の難題の影が。

とにかく、熟考なんてしている、暇がなかったのだ。

よって、稚拙な策ばかり。

結果、満点とは、程遠かった。

それでも、負けずに、やり続けた。

逃げる頭は、端から無かった。

今だから言える、遠い思い出。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 4日

嘘なんて

誰かに、嘘をつかれたとする。

大抵は、怒り心頭に。

では、誰かに嘘をついたことは?

一切ないと、答えられるだろうか?

もし、誰か他の人にはなくても、自分自身には?

その際も、怒り心頭だった?

嘘をつくとか、つかれるとか。

相手がいるとか、自分にとか。

嘘という事象そのものは、満遍なく広がっていく。

それが、どこに当たるかで、怒りがわいたり、何事もなかったり。

考えるだけ、面倒くさい。

だからひと言、嘘はつかない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 3日

新たのゴミ

新たなことに、挑戦する。

大抵は、好意的な目で見られる。

だから、挑戦する方も、テンション上がる。

まさに、良いことずくめと、誰もが思う。

もし、押し入れの中に、途中で投げ出したゴミがなければ。

確かに、新たなことが、すべてうまく行くとは、思えない。

失敗することも、多々あるだろう。

だからといって、投げっぱなしでは、無意味となる。

せめて、失敗した原因くらい、つかむべきでは?

それをやって、初めて、失敗が生きる。

ゴミが教材へと、変化する。

新たに手を付けることが、素晴らしいわけではないと思う。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 2日

好き嫌いの奥

目の前に、二皿の料理が並ぶ。

片方は、好きな品。

そして、もう片方は、嫌いな品。

せっかく並んだわけだ、使いこなそう。

そう思い、しばらく眺めてみた。

なぜ、こちらは好きで、そちらは嫌いなのか?

その好きと嫌いの間に横たわっているのは、一体何のか?

一見、意味のないことのように思える。

しかし、好き嫌いというものは、人の言動の大きな動機となる。

ただ闇雲に、好きとか嫌いを言っていても、仕方ない。

理由を突き詰め、訂正したら、変わるかも知れないのだ。

好きが嫌いに、嫌いが好きに。

果たして、大元の理由に、意味があったのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2017年3月 1日

マイナスの裏

生活していれば、いろいろな人と、接していく。

それらの人々は、みな素晴らしい。

綺麗事を言えば、そう表現できる。

しかし、やはり、ゲスな奴は、存在する。

正直、二度と関わりたくないと、思ってしまうタイプが。

そういう人と関わると、マイナス感情が、沸々と。

その面だけ見れば、悪いことだけ。

しかし、両面性の法則は、やはり生きてくる。

であるなら、ゲスな奴と接して、良いこととは?

そういうタイプがいるということを、知り得ること。

現実社会、決して、綺麗事だけでは済まない。

ゲスな奴が、しっかり教えてくれる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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