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2016年12月31日

無関心考

愛の反対は、無関心という言葉がある。

初めて聞いた時、ハッとした記憶もある。

愛の世界において、無関心というのは、ダークサイドとなるようだ。

では、無関心なるもの、絶対悪と言えるのか?

ひとつの疑問が、湧き上がる。

もし、今、自分のいるのが、害の世界だったら?

関心を持ったばかりに、相手を害す。

もしくは、持たれたばかりに、害される。

「害」を、「嫌な気持ち」とかに、置き換えれば、考えやすい。

そんなことになるくらいなら、お互い、無関心の方が、余程マシに。

であるなら、いくら無関心はダメだと言っても、通用すまい。

その前提条件である、害の世界を、改めねば。

そうなると、簡単でないことが、見えてくる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

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