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2016年12月31日

無関心考

愛の反対は、無関心という言葉がある。

初めて聞いた時、ハッとした記憶もある。

愛の世界において、無関心というのは、ダークサイドとなるようだ。

では、無関心なるもの、絶対悪と言えるのか?

ひとつの疑問が、湧き上がる。

もし、今、自分のいるのが、害の世界だったら?

関心を持ったばかりに、相手を害す。

もしくは、持たれたばかりに、害される。

「害」を、「嫌な気持ち」とかに、置き換えれば、考えやすい。

そんなことになるくらいなら、お互い、無関心の方が、余程マシに。

であるなら、いくら無関心はダメだと言っても、通用すまい。

その前提条件である、害の世界を、改めねば。

そうなると、簡単でないことが、見えてくる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

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2016年12月30日

やる理由

嫌だけど、やらねばならないことがある。

その、嫌という気持ちは、なかなか消えない。

だから、ついつい愚痴も出る。

しかし、聞かされた方からは、ただひと言。

つべこべ言わず、さっさとやれ!

やらねばならないのだから、そうなって当たり前。

これが、見栄や外聞が、理由だったら?

自分を良く見せたいだけの理由で、嫌なことをやる。

これに、やらなければならない、絶対的理由はない。

よって、誰かに愚痴っても、はぁ?で終わる。

そんなつまらない理由でやるくらいなら、止めてしまえば良いだけのこと。

そこまで、世間体に、縛られなければ、ならぬのか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月29日

あの日も寒かった

私が退院したのは、年末だった。

外に出た瞬間、何となく、慌ただしかった印象が。

というより、自分自身が、バタバタしていたのだろう。

あれから、もう16年経過している。

ずいぶん昔のような感覚でもあるし、つい昨日のような出来事にも。

当時、一体、何を思っていたのだろう?

その思いは、今、どうなっているのだろう?

形となった?それとも雲散霧消?

どうであれ、また、新しい一年を迎える。

残された時間が、また、少なくなるのだ。

そのことだけは、はっきりしている。

そのことだけは、しっかり認識。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月28日

行き着く先は精一杯

頼まれた仕事を、こなす。

普通にやって、普通に終わらす。

それでも、普通に、感謝される。

ここで、ちょっと、付加価値を。

例えば、時間。

通常3日かけるところを、2日で完了。

手抜きもない、それでも、同じ仕上げ。

すると、感謝される度合いが、増す。

その仕事が、通常、3日かかることを知ってる人なら、余計に。

その喜ぶ姿が、また、活力となる。

これが「2日で出来るのなら、最初からやれよ」などと、言われれば?

同じことをやっても、同じ結果を生むとは、限らない。

だから、やれることを、精一杯やるのみで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月27日

出来るのは

大切だと思ったから、相手に伝える。

一応、聞いてるふうだが、反応が薄い。

どうやら、どうでもいい話だと、判断された模様。

それでも、食い下がり、こう言った。

「これは、本当に、重要なことなのです」

聞き入れられることは、ほぼ無かろう。

特に、信念持って、意味無しと判断されていたとしたら。

とにかく、相手を変えることは、まず無理なのだ、と。

少なくとも、伝えただけで、自分の出来ることは、やり遂げた。

そう思わねば、次に進めぬ。

なぜなら、大切なことは、次から次に、やって来るから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月26日

大騒ぎ

誰もが、いろいろな問題を、抱えていよう。

おまけに、他人には、些事に思えても、本人には、重大事。

なんてことも、日常茶飯事。

もし、今、自分の抱えてる問題が、重大事だとしたら、見直してみる。

果たして、本当に、そうなのか?

他人から見たら、些事なのでは?と。

結局、いくら本人が重大事だと叫んでも、些事にしか見えなければ、やはり些事。

だとすれば、些事を騒いでる、自分が滑稽に思えてしまう。

その瞬間、問題が縮む。

重大事だと考え込んでいたことが、あれ?と。

冷静になって考えれば、分かるはず。

重大事など、一生のうちに、そう何度も、遭遇しない、と。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月25日

あいまいさ

誰にでも、我慢の限界は、あるだろう。

でも、どこが、限界点か?

そう問われたら、口つぐむ。

自分でも、分からないからだ。

これくらいなら許せるが、ここを超えたらダメ。

口で言うほど、明確ではない。

明確ではないなら、無いも同じ?

これが面倒なことに、無いわけではない。

有るには有るが、はっきりしない。

単に、ピントが、外れているだけ?

それとも、ピントがあることを、知らない?

どちらにしろ、自分の不作為。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月24日

選択するのは

歩けなくなったからと、出歩くことを止めたら?

引き込もりとなってしまう。

確かに、歩けなくなると、移動手段は限られる。

しかし、限られはしても、無くなったわけではない。

少ないそれを、使えば良いのだ。

ただし、必要な条件はある。

それは、出歩きたいという意思。

この気持ちがなければ、電動車いすを与えられても、ネコに小判。

粗大ごみが、ころがるだけに。

でも、出歩くかどうかの選択肢は、本人にしかない。

周りがどうこう言っても、始まらぬ。

結局、自分で決めて、自分で生きる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月23日

幸福の条件

今朝の新聞にも、「健康で長生き」という文言が。

一般的には、目指すべきテーマなのだろう。

ただ、私にとっては、違和感ありというだけで。

健康で長生きすれば、幸福である。

そういう考え方が、根底にあるのだろう。

そりゃ、大多数の人にとっては、そうかもしれない。

しかし、すでに、健康体でない自分にとっては?

ヨーイドンと同時に、こけてしまったかのようだ。

そもそも、その前提条件、正しいのだろうか?

健康で長生きしても、幸福そうに見えない人だって、いるわけで。

結局、幸福条件の、ひとつではあろう。

ひとつということは、他にも、数多、存在するというわけだ。

それこそ、自分なりの、幸福条件が。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月22日

異なる視点で

残り1枚となったカレンダーに、こんなことわざが。

光陰矢のごとし

意味は、言わずと知れた、月日の経つのはあっという間。

なのに、字面を見て、ふと思った。

雨戸を閉めた暗い部屋に入り込む、細い光は、矢のように見えるな、と。

とすれば、このことわざにも、違う意味合いが、含まれていても、いいじゃないか、と。

陰に差す、一条の光。

まさに、矢のように、突き刺さる。

それは、どこを、向いているのか?

勝手な妄想に伴う、単なる言葉遊び。

それでも、頭の体操にはなった。

そして、自分を見つめ直す、きっかけにも。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月21日

言葉の力

入院当初、寝たきりであった。

そして、治療法もなかったため、どの薬を使うかさえ、暗中模索。

それでも、医師の判断で行われた治療に、効果の有無を、伝えることは出来た。

きちんと、言葉を発することが、出来たからだ。

しかし、入院患者の中には、それさえ出来ぬ人も、多数いた。

人の体は、まさに、それぞれ。

大多数の人には、効果があっても、その人には、効果なし。

こういうパターンも、あり得る話だ。

入院以外の場面でも、言葉がなければ、伝わらぬ。

何度も、そういう場面に、直面する。

出せないならまだしも、出るのに、出さない。

日常生活を苦労の海に、しているのでは?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月20日

凍った朝

いつものように、新聞を取りに、外へ。

その日の朝は、この冬一番の冷え込み。

気温は、初めて、氷点下に。

そんな凍てつく空の上には、月が煌々と。

その月明かりが、霜の降りた芝生に、反射する。

車イスで、視線が移動するたびに、そのきらめきも、付いてくる。

まさに、自然のイルミネーション。

その幻想的な美しさに、寒さも忘れて。

ふと我に返り、周りを見渡すも、どこも寝静まっている。

この景色を、今、独占している。

歩けるとか歩けないとか、まるで関係ない。

ただ、朝、早く起きたら、褒美があっただけ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月19日

捨て去る必要も

月夜かどうかは、外に出るまで分からない。

部屋の中で、ぬくぬくしながら、考えてるだけでは、分からない。

どうしても、確認したければ、寒空の下、外に出なければ。

簡単なことなのだが、なかなかスムーズに行かない。

この場合の障害は、寒さだろう。

それが原因で、今の快適さを逃したくないという、欲を作る。

それが強すぎると、自分勝手に、「まあいいや」

ひょっとしたら、絶対ダメな「まあいいや」かも。

それでも、ついつい、流される。

快適さを捨て去り、厳しさの中へ。

たまには、やらねばならない時がある。

今が、その時かも、知れぬのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月18日

ほら出来る

中途で障害を負うということは、ある意味、我慢の連続となる。

これまで何も考えずに出来たことが、一切、出来なくなるのだ。

ストレスの溜まらない方が、ウソだろう。

だから、間違いなく、思ってしまう。

なぜ、自分が、こんな苦労を背負わねばならないのだ、と。

別に、そう考えても、問題ない。

当たり前の、反応だろうし。

ただ、まずいのは、その段階で、立ち止まること。

すると、いつまでもウジウジしてる、陰気な人間が出来上がる。

自分は、何も出来なくなったと、ブツブツ言いながらの。

でも、出来ることが、目の前にある。

それは、忍耐力の強化。

せっかく我慢の連続なのだから、ジムにでも通ってるつもりになれば良い。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月17日

後はないのに

冬の朝は、自分との戦いの場と化す。

つまりは、決めた時間に、きちんと起きるか、の。

寒くなると、どうしても、起きるのが億劫になる。

それに打ち勝ち、いつもどおり、起床する。

これが、なかなか、全戦全勝とはいかぬ。

さすがに、30分もグダグダすることはない。

せいぜい、数分の戦いだ。

しかし、こうも言えるだろう。

そもそも、そんな戦いしてる自体、未熟な証拠、と。

そこに見え隠れする、自分への甘さ。

払拭しきれていない、良い証拠だろう。

それでも、ついつい、「あと5分」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月16日

静養

入院患者の口ぐせ、第一位は?

まあ、私の経験則でしかないが、これだった。

「毎日、退屈だ〜」

基本、入院加療は、静養が原則。

つまりは、何もせず休むことが、ベースとなっている。

その範囲内でやれることなど、知れたもの。

何かしても、すぐ終わって、再び、退屈に。

どうやら現代人は、常に何かやっていないと、落ち着かないのだな、と。

一生入院するわけでもなし、静養を楽しめば?

そういう助言も、役立たずなのが、入院生活だった。

私の場合、前半は、寝たきりだったので、強制静養だった。

その反動か、リハビリ可となった瞬間、毎日6時間。

やはり、何かをやらねば、落ち着けなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月15日

受け入れるまで

車イスになりたての頃、ある分野の本を、集中的に読んだ。

それは、「どうすれば障害を乗り越えられるか?」をテーマにしたもの。

その中でも、やはり、身体障害に関してが、最も多かった。

それらをざっくり表現すれば、「前向きに生きろ」

「その人に、越えられない障害は、与えられない」なんて、いろいろな本に出て来た。

読んだ瞬間は、いわゆる力を貰った感覚に。

しかし、それは、錯覚でしか無い。

著者自身が健常者だと、特に顕著だった。

いわゆる、頭の中で考えたことでしかなかったのだ。

欲しかったのは、そういうものではなく、もっと具体的なもの。

キレイ事ではなく、本音のドロドロした部分。

結局分かったことは、ただひとつ。

そんなに簡単なことじゃない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月14日

その景色

苦労を重ねて、何かを成し遂げたとする。

満足もするが、こう思うかも知れぬ。

回り道したな、と。

例えば、山に登り、山頂から下界を眺める。

当然、自分が登って来た道は、すぐ分かる。

と同時に、もっと楽な道を、見つけたりもする。

それを、悔しがったりすることもあろう。

でも、それらは、山頂にたどり着けばこその話。

途中で投げ出し、下山していれば、もっと楽な道があるのも、知らずに終わる。

そして、二度と挑戦しないかも。

とにかく、たどり着かなければ、見えないものがある。

その過程が、どんなに苦しかろうとも、格好悪かろうともだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月13日

クジラと魚

表面的にものを見てしまうと、重篤な誤りを犯す。

例えば、「海を泳いでいるから、クジラは魚類だ」みたいな。

確かに、海を泳ぐ大多数は、魚だ。

それは、紛れもない事実。

多数決をとれば、圧倒的勝利となる。

それでも、クジラやイルカは、哺乳類。

陸の上を歩けなくとも、哺乳類なのだ。

それを知ると、簡単に決めつけるのも、どうかな?と思う。

こうだから、そうに違いない!

基本的には、正しいのかも知れない。

でも、今回決めつけたことが、例外的なものだったら?

クジラを魚と、決めつけていないか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月12日

リアルな痛い目

初めて車イスを操作したのは、病院の中。

当然バリアフリーだから、何の支障もなかった。

これが、退院し、家や街なかを操作しだすと、条件が一変。

至るところ、バリアだらけに。

これが、目に止まるようなバリアなら、まだ大丈夫。

目立たない、もしくは、ちょっとした段差こそが、危険ゾーンに。

まだ車イスになり、日も浅い頃、それらにつまづき、派手に転倒した。

転倒というよりは、投げ出される形だった。

原因のひとつが、まだ理解し切っていなかったこと。

何センチまでの段差なら、そのまま走行できるか?が。

2センチまでならOKだが、今では、ほぼすべての段差を、前輪上げたウイリー走行で。

目測を見誤って、投げ出されるよりは、余程マシだからだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月11日

こんな面も

新聞に、国民年金に関する記事が、載っていた。

年々、加入率が、低下しているのだろうか?

若者に、入るよう、促す内容だった。

しかし、30年40年後に、どうなってるか分からない年金制度。

よほど、はっきりとしたビジョンを示さなければ、好転するとも思えないのだが。

それはさておき、加入しないことのリスクは、意外に高いのだ。

それは、中途障害というものに、関して。

加入さえしていれば、障害年金が、支給される。

現在の受給者数が、200万人ほど、と。

つまり、50人に1人の割合となる。

こんなことならと、思ってからでは、遅すぎる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月10日

その後悔は

これまで、いろいろな後悔をしてきた。

まさに、大小様々である。

そして、その多様な後悔は、おおまかに、二種類となる。

「なぜ、やってしまったのだろう」という後悔。

「なぜ、やらなかったのだろう」という後悔だ。

これまでの後悔を振り返った時、どちらの後悔が多いだろう?

そこに、大きなヒントが隠されている。

何にでも尻込みしてきたことを、後悔したのなら、挑戦してみる。

ひょっとしたら、やらなければ良かったと、思うかも知れない。

でも、それは、自分にとっては、未知の後悔。

何かを、感じるはずだ。

そこから、何かが、始まるはずだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 9日

自分に合わせ

退院する前に、理学療法士同伴で、自宅の調査をした。

帰宅後、日常生活を、送れるか?の。

まず、玄関の出入りは、段差と狭さで、アウト。

これは、テラスの掃き出し窓を使うことで、解決させた。

次に、風呂だったが、入浴イスとか使えば、まあ大丈夫だろうと。

最後に、トイレが残った。

入り口ドアが、ギリギリの幅。

中で、車イスを転回させるなど、夢物語だ。

それでも、入れれば、どうにかなるだろう、と。

手すりに関しては、この段階で、イメージできなかった。

身体が覚えたのは、病院内の、広いトイレでの動き。

狭い自宅のトイレでは、どこに、何があれば、便利だろう?

それが分かるまで、手すりも付けず、観察していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 8日

マイペースとか

何ごとにおいても、信念と覚悟をもって挑む。

そりゃそうだろうが、疲れそう。

だから、マイペースで、ボチボチ行こう。

なんてやってると、根無し草になりかねない。

マイペースを拡大解釈し、結局のところ、場当たり的な対応に。

その時の気分次第で、右へ行ったり、左へ行ったり。

そして、最終的に、こう思う。

一体、自分は、何やってたんだ?と。

確かに、流されるだけの、楽な生き方だったかも。

でも、本当に、楽しかったのか?

同じ「楽」を使っているのに、意味合いが異なる。

後悔しても、時間は戻らぬ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 7日

思い切る

今年一年を、振り返る時期となって来た。

振り返り、対処できそうなことが残っていれば、それに取り組む。

手に負えそうになければ、また、来年への課題に。

改めて、自分の、一年を振り返る。

端的に表現すれば、「八方塞がり」だった。

様々な、外的要因があった。

そのままでは、つぶされるので、対処を重ねる。

でも、力及ばず、塞がれていき‥‥

しかし、塞がれっぱなしでは、窒息してしまう。

よって、自分でも、びっくりするような、手を打った。

まだ、結果は出ないが、予感はある。

覆われていた、壁の一部が、崩れそうな良い予感が。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 6日

リハビリいろいろ

リハビリには、真面目さというか、愚直さが必要だろう。

完全に回復するという保証の無いことを、ただ、やり続ける。

毎日、毎日、ただコツコツと。

それを遂げた先に、自分の求める姿を、見ることが出来るわけだ。

ただ、前述したように、すべての患者が、回復するわけではない。

それがあるから、結果が出ない段階で、投げ出したくもなる。

ひょっとしたら、階段の踊り場かも知れない。

あと一歩進めば、また、上っていけるという。

でも、回復が見えない状況では、ただ広いロビーにいるみたいなもの。

どこをどう進もうと、上り階段なんて、見えもしない。

私の場合、最初から、回復の見込みゼロだった。

だから、発想を転換し、ロビー散策を楽しむことに。

身体というより、心のリハビリ、したようなもの。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 5日

打算なければ

信号機のない横断歩道、地方に住んでいれば、普通に目にする。

ただ、人口が少ないため、渡る人は、めったに見ないが。

それでも、そこに佇む人がいれば、ブレーキを踏む。

すると、車が停止したことに、キョトンとされることも。

どうぞと、手でジェスチャーすれば、笑顔が返ってくる。

これが子どもたちになると、横断後、お辞儀されることも。

この一連のやり取りに、打算などはない。

相手からよく思われようなど、誰も考えていない。

そこに現れるのは、純な善意みたいなもの。

その結果、皆が、平穏な気持ちになれる。

すべてが、こうなっていけば良いのに。

そのためにも、自分の出来ることは、精一杯に。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 4日

その原因は

身に覚えのないことで、他人に恨まれる。

考えたら、恐ろしいことだ。

そもそも、他人に恨まれるようなことを、率先してするだろうか?

ほとんどの人は、「否」と答えるだろう。

にもかかわらず、そういう話を、耳にする。

結果には、必ず、原因がある。

いくら身に覚えがなくとも、恨まれたというのは、事実なわけで。

結局、我が身を、真摯に、振り返る必要がある。

そこに、大きな問題点が、横たわっているはず。

それを放置していると、また、同じようなことに。

一体、原因は、何だったのだろう?

例えば、無意識に、相手の立場を、無視していたとか‥‥

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 3日

人は皆やさしい

人は、皆、本質的に優しい存在。

そう言われても、納得できなかった。

なぜなら、優しさの欠片さえ見い出せぬ人を、数多知るからだ。

自分勝手でごう慢で、他人のことなどお構いなし。

こういう人の、どこが優しいのだ?と。

だから、改めて、考えてみた。

まず、自分の持っている、優しさ感を、考える。

すると、他者への思いやり、ということになろう。

だから、他者への思いやりのない人間は、優しくないと、断じるわけだ。

しかし、他者への思いやりは、優しさエネルギーを使った、結果では?

そうなると、その優しさエネルギーを、自分に向けてだけ使えば?

まさに、前述の、納得できない人々になってくる。

であれば、本質は優しいのだろう。

問題は、それを、どう使うかだけのことで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 2日

自分の常識非常識

私が、夕食を摂らないと言えば、大抵の人は、びっくりする。

まあ、以前の私でも、同じような反応になるだろうが。

びっくりする理由は、ただひとつ。

お腹は、空かないの?

もう完全に、身体が順応してしまっている。

たまに空腹感があっても、すぐ消え去っていく。

そして、日曜日は、昼食さえ摂らない。

すると、月曜の朝は、盛大な空腹感。

これが、また、心地良い。

ものの本によれば、この飢餓感が、細胞を活性化させるのだとか。

そんな本に頼らず、本能に任せて、始めたことだ。

ということは、あながち、間違いでもないのだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2016年12月 1日

いろいろな色

その人を、色で表現することがある。

パッと見「赤」でも、多種多様の赤がある。

仮にAさんも、Bさんも、赤が好きだとする。

すると自分の中に持つ「赤」を、好きなのだなと、勝手に解釈。

一斉に赤のカードを出したら、間違いなく三者三葉。

まさに、人それぞれの、良い見本だろう。

ただし、その微妙な差に、気づかないことも。

そこに、いろいろな問題の種があるのだろう。

そもそも、人は、色カードではない。

おまけに、何色も、併せ持つ。

だから、おもしろいと言う人も。

だから、面倒だと言う人も。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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