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2015年11月 9日

ハリボテでは意味もなく

自分の持つものを、誰かに与えられることが、成長への第一歩。

そう書いてから、ふと思った。

与えるものは、何でも良いのか?と。

すると、与えるだけでは、罪作りな場合も、あることに。

つまりは、相手が望んでもいないものを、与えようとすること。

与えることが、絶対善だと盲信すれば、相手のことが、見えなくなる。

自分は与えるのだから、正しいことをやっている。

親切の押し売り、自分は正しいが、顔を出す。

結局、形だけマネても、ダメだということ。

なぜそうなのか?

その理屈を、しっかり得心しておく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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コメント

 釈さん、こんばんわ。
 人間って、不思議なもので、相手に求めたものが、自分の予想通りに与えられると納得しますか゛、意に反したものだと、自分から求めておいて、相手の意見を否定しますもんね。
 与えられる側も、与える側に期待しすぎているのかも・・・
 もっとも、求められていないのに、与えるのは、おせっかいということなのでしょうが。
 

投稿: うなだれオヤジジィー | 2015年11月 9日 19:45

うなだれオヤジジィーさん、こんにちは。

自分の求めているものでなければ、怒りを生むということでしょうかねぇ。

投稿: 釈円融 | 2015年11月 9日 21:04

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