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2008年2月29日

自己中心になりすぎていないか

目を閉じると、何も見えません。

目を開けると、いろいろなものが見えます。

では、すべての人に、同じものが見えているのでしょうか?

答えはNOです。

単純に、右を向いている人と、左を向いている人では、見えているものが違います。

また、同じ方を向いていても、考え事をしている人と、目をこらしている人でも異なるでしょう。

つまり何が見えているかは、その人じゃないと分からないと言うこと。

自分に見えているからと言って、相手も同様とは限らないのです。

自分が正しいと思っても、相手がそうとは限らない・・・

このような例は、無数にあります。

にもかかわらず、どうしても自分を中心にしてしまいます。

自分自身が、宇宙の中心ででもあるかのように・・・

これでは、いつでも「トラブルさん、いらっしゃい」と言ってるようなもの。

今、自分が持っている“ゆずれない線”

それって、考え抜いたものなのか、それとも、単なるわがままなのか?

たまには、原点に返って、考えてみるのも良いかも?なんて思うのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月28日

つまらぬ情報も使いよう

見渡せば、広大な情報の中を泳いでいます。

その中には、腹立たしくなるものも。

でも、最近、こう思うのです。

感情的になったら、こちらの負けだと。

どういう情報だろうと、それは、ただ流れているだけ。

それにどういう反応をするかは、あくまでも自分の都合です。

であるから、感情的になるのは、情報に飲まれるようなものだと。

だからといって、無関心なのもどうかな?とは思います。

でも、関心を持つと、そこには心の揺れが・・・

このジレンマに苦しんでいる状態。

それなら、いっそのこと、心の鍛錬に使うことに。

どのような情報に触れても、できるだけ冷静に眺められるように・・・

まだまだです。

どうしようもない自分の心を、さらけ出す結果に。

しかし、その分、鍛え甲斐もあるというもの。

そんな氣持ちで、前向きに取り組んでいきたいと、思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月27日

便利なのは良いけれど

歩けなくなってからというもの、手のかかる身体になりました。

特に、第三者の手というのは、必要不可欠です。

例えば、高い所にある物を取る場合、誰かに取ってもらいます。

「あそこにある、あれが欲しい」

そう思った瞬間、その品が自分の手元に。

こういうことは、私にとってのパッケージ化と言えます。

パッケージ化の利点は、自分にとって便利だということ。

通常なら、幾度かの過程を経て、そこにたどり着きます。

それを省いてくれるのが、このパッケージ化。

でも、その裏には、大きな罠も潜んでいます。

自分の利便性のみを追求すると、パッケージそのものが壊れてしまいます。

わがまま放題で、第三者にそっぽ向かれたら、まったくお手上げ。

ですから、パッケージ化する際、前提となるのは、まず自分でやること。

自分でやってみて、どうしても無理なところは、お願いする形に。

それを、双方がストレス無く行えるようにすることが、理想的なパッケージ。

そうなると、今やろうとしていることの、意味から考える必要が・・・

簡単そうで、結構、深いテーマだと思っています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月26日

変化自体を楽しめれば

自分の周りを見渡せば、変化していくものばかりです。

絶対変わらないと思っていたものが、まったく異なる姿に。

絶対変わって欲しくないと思っていたものが、もう跡形もなく・・・

結局、変わらぬことを期待すると、反動が大きいのです。

その反動の結果は・・・

どうせ、あらゆるものは変化していくのです。

それなら、無理な期待で落ち込むより、変化することを楽しめれば・・・

そんなことを、ふと思ったのです。

変わり続けるのが法則だとすれば、不変を求める方が理不尽。

理不尽なことって、大抵エネルギーを浪費するだけです。

エコではありませんが、限りある資源は、大切に使うべきでしょう。

あらゆるものは、変わるんだ、と。

変わったからと言って嘆いても、元には戻らないんだ、と。

では、その変化を楽しみましょう、と。

急に言われても、そうそう対応できるものでもありません。

でも、徐々に、舵を切っていけば良いわけで・・・

正しい進路に向かった瞬間、変化を楽しめるのだろうと思うのです。

その時がいつなのか?

わかりませんが、いつかは迎えたいと考えるわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月25日

心のラジオの受信状態

身体が弱ったときに、何を考えるか?

そこに、真の心の姿があるのかも知れません。

先日、発熱して、頭がぼーっとしている時、そんな思いが浮かんできました。

発熱なんて、通常、避けたい状況ですが、意外な効能を発見したのです。

鈍った思考回路では、余計な考えが浮かびにくい・・・

発熱してますから、当然と言えば当然。

でも、新鮮な発見でした。

日頃「ああしたい、こうだったら・・・」などの雑念が、ほとんど出ないのです。

というより、出ないのだから、自分にとって大事な考えではない=雑念と、氣づいたようなもの。

逆に、健康な状態では、いかに雑念が多いかということ。

ラジオでもそうですが、雑音が混ざると、本来の番組が聞きにくくなります。

まったく、これと同じことなのだ、と。

雑念ばかりでは、自分にとっての真の心が、わかりにくくなるはず。

頭ではわかっていたつもりでしたが、やっぱり“つもり”でした。

身体的にはきつかったのですが、ひとつ学べただけ、無駄な発熱ではなかったようです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月24日

普通だってかまわない

風邪のせいか、ちょっと発熱していました。

良くあるセリフに「病氣になって、初めてわかる、健康のありがたさ」があります。

たった一日のことではありましたが、確かに実感してしまいます。

実感はしても、治癒すれば、その感覚は消え去って・・・

これまで、何度となく繰り返してきたこと。

健康のありがたさを、病氣という異常事態にならなければ実感できない?

それって、どうなのでしょう?

大けがをし、再起不能の状態から、奇跡の回復。

確かに、それはそれですごいことです。

でも、もっとすごいのは、大けがしないことでは?

それって、つまり、普通でいることだと思うのです。

一見、平々凡々なつまらない日々・・・

それが、普通。

しかし、普通って、異常じゃないこと。

異常な局面から脱出する必要のない、すごい次元のこと。

普通というだけで、馬鹿にしがちですが、実はそれこそ愚かな考えだったわけです。

普通を恥じる必要はない。

逆に、胸を張っても良いのだと、今回、発熱して思ったわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月23日

あらゆる機会を利用する

歯磨きしていると、詰め物が外れてしまいました。

ただ、元に戻すと、何ごともなかったかのように・・・

しかし、いつまた外れる?

食事していても、氣になってしまいます。

精神衛生的には、すぐ歯医者でしょう。

でも、幸いなことに、来週定期検診が入っています。

どうせ予約しても、近い日になるでしょう。

ですから、詰め物が不完全なまま、数日過ごしてみます。

いつ外れるかと氣になるようでは、まだまだです。

まさに、歯の詰め物に囚われている証拠ですから。

痛みがあるわけでもないのだから、何とか平然と過ごしてみたいな、と。

考えたら、入院中にも同じことが。

その時は、完全に外れてしまいました。

しかし、半寝たきりで、歯医者なんて夢の又夢。

穴の開いた歯で、数ヶ月過ごしたんだった・・・

それを思えば、何とかなりそうなのです。

何かに囚われない訓練と思って、歯医者に行くまで我慢してみます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月22日

瞬間的な怒りに対し

朝、暖房を使わない代わりに、多めに着込んでいます。

その分、感覚に狂いが生じ・・・

せっかく挽いたコーヒーを、こぼしてしまいました。

問題は、こぼした瞬間。

あっという間に、怒りの感情が。

怒らないことを、ひとつの目標にしておきながら、この体たらく。

怒った瞬間、心の中で「一体、何やってることか・・・」

反省しきりです。

まだまだ、とっさの出来事に、対処し切れていません。

条件反射で、心が揺れます。

どうすれば、これを防げるか?

予測しながらというのは?

例えば、コーヒー入れながら「ひょっとしたら、こぼすかも?」と思うのです。

であれば、万一そうなっても、おそらく怒ることはあるまい、と。

結局、何も考えずに行動していたから、とっさの出来事につまずくのか・・・

怒ったことは、仕方ありませんでした。

ただ、今回は、大切なことに触れた氣がするのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月21日

やりたいとやるべきの違い

眠くなったから、昼寝しよう・・・

この瞬間、自分にとってのやりたいことは、眠ること。

でも、天ぷら鍋を火にかけていたら・・・

その瞬間、やるべきことが生じます。

もし、自分のやりたいことばかりやっていたら?

結果は、火を見るよりも明らか。

そう考えると、やりたいこととやるべきことの違いが見えてきました。

自分のやりたいことって、単なる欲求を満たすに過ぎないような・・・

今の自分にとっては、やるべきことをきちんとやること。

これに限ると、今さらながら、思いを新たに。

好きなこととそうでもないこと、その二つがあったら?

どうしても、好きなことを選びがち。

その瞬間、やりたいことを優先している自分がいます。

そうでもないことが、やるべきこととは限りません。

でも、やりたいことばかりやっていると、やるべきことを見失いがち。

その楽しさに、目が曇ると思うのです。

楽しい日々に、罪はありません。

ただし、その反動で、やるべきことをないがしろにしていたら・・・

そうならぬよう、一歩一歩、氣をつけようと思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月20日

注意書きを無視していたら

低温やけどをしてしまいました。

原因は、電器アンカ。

いつも、就寝前に、電源入れ、ふとんを温めておきます。

その電器アンカの上に、足を置いていたのです。

ものの数分でしたが、今思えば、ちょっと熱かったような・・・

でも、その時、電源は抜いていました。

おまけに、厚手のソックスも履いていました。

これで、低温やけどとは無縁のはず・・・

ものすごい思い込み&勘違いだったわけです。

その証拠が、今の自分の足。

注意書きには、直接触れるなとか、身障者は一人で使用するなとか・・・

それをダブルで無視してきた私。

起こるべくして、起こった事故かも知れません。

まさに、慢心は、すべての罠。

久しぶりに、痛いお灸をすえられた感じです。

幸い、順調に回復しています。

しかし、それこそ、油断は禁物。

これまで以上に、注意深く、生活せねばと思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月19日

簡単だとなめていたら

心を観察しだして、氣づいたことがあります。

それは、日常生活の中に占める、つまらない出来事の多さ。

まあ次から次に、起こるものです。

つまらないと思うくらいですから、あっという間に解決していきます。

そして、あっという間に、忘れていくのです。

それが数日後、また同じ顔してやって来る・・・

そうやって、いろいろな些事が、繰り返されていました。

なぜなのか?

答えは簡単でした。

何ら、予防策を取っていなかったからです。

すぐ解決できるから、些事が起るまでほったらかし。

それだから、また同じようなことが起こってくるわけです。

些事とはいえ、かかる時間を積み上げたら・・・

ですから、解決したら、予防策も講じるように。

簡単に解決できるのですから、予防策と言っても大したものではありません。

たったそれだけで、日常生活の中にゆとりが生じました。

これまでは、つまらないことに時間を取られることを、生きがいにでもしていたかのようです。

時間を有効になんて言いながら、実は何もできていなかったことを実感させられたわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月18日

季節はずれの虫の声

昨夜、虫の声が聞こえてきました。

この冬の最中に、なぜ?

その正体は、ネットラジオでした。

リラクゼーションチャンネルだったのですが、たまたま虫の声になっただけ。

でも、この放送局、実はアメリカ。

虫の声に国境は無いし、癒されるのも同じということでしょう。

最初に驚いたように、ラジオから聞こえてきた虫の声と、秋頃、我が家で聞いていたものとは、うり二つ。

ということは、リラックスできる環境に住んでいるわけです。

ラジオでしか聞いたことのない人から見れば、贅沢な話です。

しかし、昨夜まで、それを実感することはありませんでした。

秋になったら、虫が鳴くのは当たり前。

あまりに当たり前すぎて、その贅沢さを、考えたこともなかったのです。

お金やラジオを使わずとも、自然の恵みがそこにあったのです。

当たり前のことに、慣れすぎていた模様。

慣れすぎて、すっかり感謝することを忘れていました。

罰当たりにも程があると、考えさせられた夜だったのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月17日

結局はわかったつもり

立春過ぎても、まだまだ寒さ厳しい日々です。

この寒さが、私の筋肉を、攻撃してきます。

寒さで筋肉が強ばり、その結果、身体全体がギクシャクしてしまうのです。

筋肉のバランスが崩れていますから、その効果は絶大。

どうしても、冬を嫌ってしまいがちになるわけです。

我ながら、愚かなことだと思います。

そう思いつつも、強ばった身体に、つい愚痴が・・・

以前なら、そのまま愚痴のスパイラル。

氣がつけば、冬を相手に、イライラしたものです。

さすがに、今では、そこまでありませんが。

でも、苦手なのは、相変わらずです。

冬にこうなるのは、当たり前のこと。

頭ではわかっていても、身体が言うことを聞きません。

その結果、前述のように、つい愚痴っぽく・・・

つまりは、わかているのではなく、わかっていないということでしょう。

最も身近にある、理想と現実のギャップみたいなものです。

今冬中に、そのギャップを、どれくらい埋められるか?

そう考えたら、身体も軽くなってきました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月16日

ちょっとしたトラブルを使って

先日、ちょっとしたトラブルが。

当事者というわけではなかったのですが、かといって、無関係というわけでもなく・・・

そもそもトラブルなんて、予告なしです。

ある日突然、それに襲われるから、パニックも起こすというもの。

その結果、二次災害的に、被害が大きくなってしまったり・・・

今回、そういう事態は、あっさりクリアできました。

自分でも驚くほど、冷静に対処できたのでは?なんて思っています。

だからといって、心が揺れなかったわけではありませんが・・・

最初に考えたのが、最悪の事態です。

万一、そのトラブルの余波が自分にまで及んだとき、耐えられるか?

この段階で、たぶん大丈夫だろうと判断。

それからは、トラブル回避のための情報収集です。

結果的には、あっさり解決。

余波の“余”の字も、発生しませんでした。

だからといって、安心するだけでは進歩ありません。

今回の出来事で、何を反省すべきか?

やはり、途中での心の揺れでしょう。

これを、いかに最小限に食い止めるか?

・・・まだまだ遠大な目標です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月15日

何ごとも結果が第一なのか?

世の中、あらゆるところで、結果が第一と言われます。

でも、思うような結果のでないことのほうが、多いような・・・

自分なりにベストを尽くしたのであれば、結果は出なくとも満足。

個人的には、そう思っていました。

その良い例が、リハビリです。

入院中なんか、ここまでやるか?というレベルまでやりました。

しかし、結果は、回復見込み無し。

残ったのは、やれるだけのことはやったという満足感。

・・・ふと、思ったのです。

果たして、自分は、ベストを尽くしたのだろうか?と。

結果が出なかったということは、はっきり言えば“失敗”

失敗したと言うことは、ベストのはずがない。

言い換えると、目標設定自体がベストでなかった。

であるなら、無駄なことに汗を流していただけ・・・

これを「ベストを尽くしたのだから」なんて言って良いのか・・・

単なる、言い訳になっていたことに氣づいたのです。

結果が出ない場合、努力不足なのか、その結果自体を目標とすることが誤りなのか?

そこのところを見極めないと、無駄な努力を「ベストを尽くした」と錯覚することに。

となると“結果が第一”それなりの真理のように思えてきたわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月14日

波にのまれぬよう

いろいろな人に囲まれ、生きています。

ですから、波長の合う人、合わない人が出てきます。

波長の合う人となら、どんな波でも疲れません。

ところが、波長の合わない人とは、些細な波でも、氣分を害したり・・・

このようなマイナス感情を抱いて、損するのは自分です。

分かり切っているのに、なかなか進歩しません。

波長の合わない人とは、接触しない!

それが夢物語なのは、百も承知。

ですから、もっと現実的な対応策を練らねば・・・

・・・波?

ヒントは、波にありました。

自分が軽いから、ちょっとした波でも、揺れてしまうわけです。

地にしっかり足を下ろしていれば、少々の波なんて平氣なはず。

波長の合う合わないなんか、氣にしない心にしなければ・・・

でも、ちょっとしたことで、揺れ動く心・・・

まだまだ鍛え方が、足らない証拠。

遊んでる暇なんかなさそうだと、再認識しているところです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月13日

改めて日々に感謝

毎日を楽しく迎えられます。

それだけで、ありがたいことです。

そう言えるようになったのは、いつから?

その辺の記憶は定かではありません。

しかし、今現在が楽しい日々であることに、間違いはないのです。

何がそんなに楽しいのか?

特別なことをやっているわけでもなく・・・

多くのものを失って、そんなわけはない。

以前の私なら、そう思ったはず。

ですから、今の感覚は、自分でも不思議なのです。

不思議ではあっても、それが事実。

そこに、人生の妙を見る氣がします。

捨てる神あれば拾う神あり。

このことわざも、私のような経験を、多くの人がしたからかな?

そんなことさえ、思ってしまいます。

失わなければ、失わないなりの幸福が。

同様に、失っても、失ったなりの幸福があるということ。

○○でなければならない、なんてことはないと思うのです。

幸福なんて、「そうだ!」と思ってしまうだけなのかも知れません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月12日

大きかろうと小さかろうと

ハイヒールで砂浜を歩けば、かかとがズボッと入ります。

それは、接地面積が狭いから。

その足跡は、スニーカーで歩いたものとは、違って見えます。

でも、どちらも足跡なのです。

身体を壊して、確かに、活動範囲は狭まりました。

でも、生きるということでは、変わりありません。

一般的に、足跡と言えば、スニーカー型でしょう。

ポツンと穴があっても、足跡?となるかも知れません。

パッと見、小さな足跡でも、意外に深いじゃん!

そんな生き方も有りかな?と。

小さな足跡でも、深くなれば、それなりの存在感。

ヒールの足跡で、スニーカーみたいにしようとしても、苦労するだけ。

自分なりの型で、自分なりの跡をつけていければ・・・

自分なりにできる、精一杯の努力を重ねて・・・

なんて言ってるうちは、まだまだ努力が足らない証拠。

と、わかってるのなら、やれって話なのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月11日

やっとスタート地点に

580万分の1なんて言われても、実感わきませんでした。

私が、ポリオの2次感染に罹患した確率。

宝くじで1等を当てるより、難しい確率です。

どう考えても、人生におけるターニングポイントとなるでしょう。

あの時「なぜ自分が・・・」

こんな感じで、日々過ごしていたら、今ごろどうなっていたか?

幸い、こういうマイナス思考の波に、飲み込まれることはありませんでした。

ただ歩けなくなっただけと、あっさり認めることもできるようになりました。

しかし、普通の人にとっては、そこがスタート地点。

やっと、そこまでやって来たに過ぎません。

そこまでが大変だったからって、立ち止まってるわけにはいかないのです。

もう、みんな、とっくの昔に、スタートしてるよ。

親切なスターターが、教えてくれます。

スタート地点は、スタートする場所。

ゴールではありません。

これまで、スタート地点をゴールと勘違いしていたかも?

さあ、とにかくスタートせねばと思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月10日

後悔しないために

“後悔先に立たず”ということわざがあります。

後から悔やむから、後悔。

ですから、何かをやる前に、後悔することはできません。

ここにカギが隠されているような・・・

「こんな会社に、就職するんじゃなかった・・・」

もし、就職前に、こんな会社だとわかっていたら?

決して、そこに入社することはないでしょう。

「こんな人と、結婚するんじゃなかった・・・」

同様に、結婚前に、そんな人だとわかっていたら?

後悔は、決して、先には立ちません。

しかし、後悔の芽みたいなものは、しっかり先に立っていると思うのです。

ただ、芽ですから、どういうものに育つか、わからないだけで・・・

後悔したくなければ、その芽を、しっかり学ぶ必要がありそうです。

自分がやって来た、数多くの後悔。

それらの芽を思い出し、その実を振り返る・・・

「何が起こっても、決して後悔しません」

そう断言できれば、話は早いのですが、到底そのレベルではありません。

ですから、自分で予防できるのであれば、その策を講じておきたいと思うのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 9日

知らなければと、知らなくても

世界は広いものです。

ですから、知らないことが、たくさんあります。

にもかかわらず、知ったかぶり・・・

そんなことをしていると、辛くなります。

ですから、そういう場合、すぐ認めることに(これが意外と、素直さを鍛える訓練になります)。

その後、必要ならば、学べば済むこと。

必要なければ、知らないままで十分だと思っています。

人生、長いようで短いもの。

不要なことに費やす時間なんてありません。

その逆に、自分にとって必要なことならば、寝る間も惜しむ覚悟で。

そろそろ、メリハリのある時間活用を考えなければ、残りが少なく・・・

若い頃のように、興味の向くまま、なんていかなくなりました。

自分にとって、何が要で、何が不要?

まず、そこから考えることに。

おかげで、ただ何となく、一日過ごした・・・

ということは、無くなりました。

しかし、まだまだ甘い。

そう言い聞かせる毎日なのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 8日

根拠のない自信の裏に

先日、ちょっと面倒な事務仕事を依頼されました。

漠然と、面倒だなと思ったくらいですから、数時間費やすことに。

ただやる前から「たぶん、できるだろう」とは思っていたのです。

その自信の根拠は?

そう問われても、明確な答えなんて持ち合わせていません。

まあ、事務仕事は20年ほどやっていましたから、それなりの経験あります。

その経験がベースと言えば、そうなのかも知れません。

でも、事務仕事以外でも、基本的にそうなのです。

何か問題が起こっても、「たぶん、解決できるだろう」と。

そこにあるのは、強力な楽観主義です。

どういう状況に陥ろうと、“道は開ける”という前提に立っています。

これが「できなかったら、どうしよう?」なんて、不安定な板の上では、できるものさえ、覚束なくなると思うのです。

何か問題が起こるということは、解決しなさいと言われてるわけで・・・

できない問題は与えられないなんて言われますから、できるはずなのです。

その根拠のない自信を持って、あらゆる問題に対処。

だからといって、努力不要で良いわけもなく・・・

様々な努力のベースに、この楽観主義を据えているというわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 7日

欠点があるということは

ジョハリの窓によれば、4種類の自分の姿が出てきます。

その中に“自分は知らないが、他人は知ってる自分”なるものがあります。

自分でありながら、自分では何もわかっていない部分。

にもかかわらず、他人の目には、しっかり映っている・・・

考えたら、空恐ろしくなります。

なぜなら、その大部分が、欠点だと思うからです。

絶対的な欠点なるものが、あるのかどうかわかりません。

ただ、個人的には、持ってる以上、改めたいと思うのです。

しかし、大部分は、見えていないのです、自分には。

改めて、誰かに聞くのも、一つの手でしょう。

それで、意外な面に氣づくやも知れません。

だからといって、毎日を欠点探しで明け暮れるというのも、如何なものか・・・

まあ、謙虚さを失わずに、対処するということになるのかな?と。

他人の欠点が目に付くのは、実体験からわかっているつもり。

それと同じように、自分の欠点は、他人に、はっきり映っているわけです。

欠点があるということは、それを改める機会を与えてもらってるということ。

その自覚を持つことで、少しは向上していくだろう、なんて思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 6日

怠け者では終わらない

理由もなく「やりたくないな・・・」なるものが、多数あります。

別に、やる必要のないものなら構いません。

でも、やるべきことに対してこうだと、ちょっと問題有り。

これを、どうにかしたいわけです。

まず「やりたくないな・・・」を、つぶさに観察。

すると、しっかり理由付けされているわけです。

自分では、理由もなくとか、何となくと思っていたものが、そうではありませんでした。

もっとも多いのが「わかっちゃいるんだけど・・・」

言い訳の王道です。

しかし、その奥には“怠けたいから”が隠れているのです。

それを隠したいがために、理由もなく「やりたくないな・・・」と。

私の場合、やるべきことをやらないのって、単なる怠慢。

怠けたいという理由付けによって、何もやらないのです。

そんな単純なことに、理屈を付けて、自分をごまかそうとしていたのか?

「お前は、単なる怠け者なのか?」

動こうとしない心には、この一言を投げかけることに。

それでも動かなければ、単なる怠け者へと変わるだけですcoldsweats02

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 5日

水面に浮かぶカモの足

先日近場の河原に行くと、1羽のカモが。

川面をじっと動かず、ただ浮かんでいました。

ちょっと見ただけでは、生きてるの?という感じ。

しかし、水面下では、流されぬよう、一生懸命足を動かしていたはずです。

その姿をから、こんなことを。

人の心だって、見えないけれど、一生懸命動いています。

観察すればするほど、いろいろな思いが心の中を行き来しているのです。

ただ、困ったことがひとつ。

カモの足は、目立たないけれど、“流されぬよう”という目的に添って動いているのです。

それに比べて、自分の心は・・・

動きという点では、カモの足にひけは取らぬはず。

しかし、カモみたいに、しっかりとした目的を持って動いているのか?

ただただ、恥ずかしくなったわけです。

氣がつけば、どうでも良いことに、心動かされ・・・

そんなことが、日常茶飯事です。

1羽のカモに、教えられた感じです。

やはり理想の姿を、常にイメージできるように・・・

それに向かって、心を動かしていけるように・・・

その努力が、まだまだ足らないと実感したわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 4日

飽きてきたなと思ったら

家にいることが、ほとんどですですから、なるだけ規則正しい生活を心がけています。

時間のほとんどを、自分の意志で使えるということは、その管理責任も自分に。

グウタラやっていれば、きりがありませんから。

それでも、毎日同じことの繰り返しでは、飽きが来ます。

かといって、目新しいことなど、早々あるものではありません。

そういう時には、どうするか?

手っ取り早く氣分を変えるには、日課の順序を入れ替えてみるのです。

以前、勤めていた時は、徒歩通勤でした。

片道4キロ、毎日同じ道では、飽きるもの。

よって、たまには、違う道を通ったりしたものです。

だからといって、目的地が変わるわけではありません。

それの応用みたいなもの。

目的を持って、日課はこなします。

それ自体に、飽きてるようで、実は、その流れに飽きてることの方が多いのです。

順序を変えるだけで、一つ一つの日課が新鮮に。

お手軽な、氣分一新法です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 3日

氣がつけばずぶ濡れで

辛苦の雨に打たれ続けると、こんなことを考えがちです。

「どうして、自分だけ、こんなに不幸なんだろう?」と。

でも、雨に濡れていない人から見れば、また違って見えるでしょう。

「どうして、あの人は、濡れているのだろう?傘がなければ、雨宿りでもすればいいのに・・・」

部屋の中にいる人から見れば、外で濡れっぱなしの人って、奇異に見えるはず。

しかし、濡れてる本人には、わかっていないのです。

自分が、奇異なことをやっているって・・・

濡れるのが嫌なら、傘を差せばよい。

傘がなければ、雨宿り。

わかってる人には、何でもないこと。

その何でもないことがわからないから「どうして自分だけ・・・」になってしまうのです。

傘を知らない?雨宿りの方法がわからない??

そんなはずはないのに・・・

しかし、実際、濡れっぱなしだったのだから・・・

ずぶ濡れになったことばかりで、頭の中が一杯に。

その結果、どう対処すればよいのかが、すっ飛んだみたい・・・

原理原則は、シンプルなものです。

それを見誤らなければ、何とかなるのでは?なんてことを思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 2日

苦や楽のとき周りが見えてるか

“苦あれば楽あり”とか“楽あれば苦あり”なんてことわざがあります。

本来の意味とは、ちょっと違う、こんなことが頭の中に・・・

今、自分が楽な状態だとして、この楽しいひとときが、誰かの犠牲の上に成り立つとしたら・・・

それとは逆に、誰かを楽にさせるため、自分が苦しい立場にいるとしたら・・・

どちらの状態でも、本意とはなり得ぬだろう、と。

自分さえ良ければも、自分さえ我慢すればも、どちらにしても幸福とは離れると思うのです。

客観的に眺めて、極端なところに、心穏やかな場所は無い・・・

“苦あれば楽あり”“楽あれば苦あり”だと、自分のことだけになりがちです。

苦だろうと楽だろうと、極にいるなと思ったら、周りを眺める必要があるのでは?

そうすることで、戒めや頑張りの、きっかけとなるはず・・・

煮詰まってしまうと、自分一人で生きてるような感覚に襲われます。

でも、決してそんなことはありません。

いろいろな人が、いろいろな人と、影響し合って、生きているわけです。

そして、自分も、その中の一人だと。

油断すると、近視眼的になりがちなクセ。

氣づくたびに、修正する必要があると、思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年2月 1日

歩けた時と歩けない今

車イスになって、新たな人生の扉が開きました。

歩けないという、未知の世界が・・・

自分で望んだ形ではありません。

しかし、せっかく車イスになったのなら、それを満喫しよう、と。

今、自分は、他人が経験できないことを、経験させてもらっているんだ・・・

歩けた時代と、歩けなくなった時代。

その二つの世界を、生きられるんだ♪

そう思えば、不平不満も減るものです。

違う世界に足を踏み入れたわけですから、すべてが手探り。

それも、冒険だと思えば、良いわけです。

歩けた時代だって、先のことはわかりませんでした。

歩けなくなっても、それは同じこと。

見た目は変わっても、実は、似たような世界を歩んでいるのかも?

そう、少なくとも、まだ生きているわけですから。

人生において、クヨクヨしてる時間なんてありません。

そんな勿体ない時の過ごし方、今となっては、絶対できません。

とにかく、どういう形であろうと、自分を生ききりたい。

そう思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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