2008年8月21日

嫌いなものを好きに?

嫌いなものを好きになるには?

これまでは、こう答えていました。

嫌いなものを、無理して、好きにならずとも、と。

先日、久しぶりに、嫌いなものに遭遇。

その瞬間に、何とも言えない嫌悪感が生じたのです。

それを引きずることはなくなりましたから、困ることはありません。

でも、嫌いなものを無視するだけでは、心の成長になっていなかったことに直面。

嫌いなものを、嫌いなままにしていては、必ず、嫌悪感を生み出します。

それは、自分にとって、大きなマイナス。

やはり、無理してでも、好きになるか・・・

好きにならずとも、せめて、慈しみの氣持ちを持てれば・・・

そう思い、嫌いなものの中に、どっぷり浸っています。

次から次に出てくる嫌悪感を、次から次につぶしていきます。

長年染みついたものですから、消える雰囲氣、まったくありません。

でも、嫌いなままではダメなんだ、と。

久しぶりにハードなトレーニングですが、やれる限りやってみようと思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月20日

幸福を勘違いしてた?

自分にとって、幸福だと感じたこと・・・

そう考えると、いろいろな情景が浮かんできます。

そして、もう一度、問い直してみます。

それで、今は?

その時持っていた、幸福感、高揚感なるものは、消えています。

つまり、幸福だと思ったのは、一瞬だけだった・・・

それを、果たして幸福と呼んで良いものだろうか?

幸福が一瞬で消えるものであれば、いつも幸福なんてあり得ないような・・・

願望を叶えることを、幸福だと思っていただけでは?

そうなると、いろいろ制約が出てくるでしょう。

幸福になるのに、制約がある?

そう考えていけば、これまで幸福だと思っていたことが、幻のように・・・

○○でなければ、幸福ではない。

そういうたぐいのものを、果たして幸福と呼べるのだろうか?

幸福って、もっと普遍的なもののはずでは?

いろいろな思いが、浮かんでは消え、浮かんでは消える。

ふと思いついただけだったのに、こんなことになろうとは・・・

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月19日

4当5落と言われたもの

受験生時代、4当5落なる言葉がありました。

睡眠が4時間なら合格するが、5時間も寝てたら合格しないぞ、という意味です。

早い話、寝る間も惜しんで、勉強しろと言うこと。

それがいつの間にか、睡眠時間自体が主に。

何時間勉強したかではなく、何時間寝たか、と。

ああ、昨日は6時間も寝てしまった・・・

よくよく考えたら、勉強なんて、量より質です。

ダラダラ5時間するよりも、集中して2時間した方が、絶対身に付いています。

そう言うことも知らず、ただ、昨日は○時間寝た、と。

一体、何やってたのでしょう?

4当5落などより、集中力を高める方法でも、教えてもらいたかったものです。

しかし、ものの本質をつかみ損ねると、このような愚かなことをやってしまいます。

一体、自分は、何のために、それをやっているのか?

今さらながら、しっかり見つめ直したいと思うわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月18日

暑いからと窓開けてたら

この時期、当然ながら、家中の窓を全開して、風の通りを良くしていま
す。

でも、その窓を、締めなければならなくなることも。

それは、急な夕立の時。

うん?雨かな、と思った瞬間には、大粒の雨が。

もし、それに氣づかなければ、部屋中びしょ濡れになります。

しかし、窓を閉めれば、暑くなります。

暑さ対策を優先するか?びしょ濡れ対策を優先するか?

自分にとっての不利益度合いで、優先順位が変わります。

そして、常に優先順位の高いのは、びしょ濡れ対策の方。

部屋中、水浸しにした日には、フォローが大変ですから。

しかし、他のことではどうでしょう?

ついつい、目先の暑さ対策を優先していないだろうか?と。

目先のことに囚われて、その奥にある、もっと大事なことを忘れてない?

思わず冷や汗、かきそうになりました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月17日

やるべきことに出会えたら

やるべきことがはっきりしたら、迷うことからは逃れられます。

山に登るのに、海パン必要なのだろうか?

自分は、一体、どうすれば良いのだろう?

そんな状態からは、脱却できるのです。

だからといって、順調に課題をこなせるわけじゃありません。

前後左右に、いろいろな誘惑があります。

もっと露骨に、邪魔しようとする人だって出てきます。

そういう障害を乗り越えなければ、先に進めません。

ちょっとくらいなら大丈夫だろう・・・

その瞬間に、ウサギとカメの、ウサギになってしまうのです。

せっかく、やるべきことに出会えたわけです。

そういうことって、ありそうで、なかなか少ないような・・・

だからこそ、脇目もふらずに、粛々と。

油断すると、自分の中のなまけ心が、大口開いて待ってます。

それに捕まらぬよう、しっかりと、歩み続けたいわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月16日

何やってるんだか

その瞬間瞬間にできることを、精一杯やる。

ただただ、愚直にやってみる。

あれもこれもと手を広げずに、目の前のことのみやってみる。

単純なことだから、簡単なはず。

簡単なはずだから、すぐできるはず。

そのはずなのに、なぜかできていない・・・

なぜ、できていないのか?

いつの間にか、目の前を見ていない・・・

先を見てたり、後を見てたり・・・

やるべきことは、目の前にある。

それなのに、違うことをやろうとしている・・・

単純なのに、簡単なのに、できていない自分がいます。

できていないのだから、できるよう努力する必要があります。

その努力さえ、厭う自分。

もう一度、ムチを入れ直すことに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月15日

自分が青い鳥に

日々、氣楽に過ごしています。

傍目には小さいかも知れませんが、幸福なことだと思っています。

中途で車イスの身体にはなりましたが、不幸ではないのです。

傍目には、大きな不運が舞い降りたように見えるでしょうが。

そう考えると、幸福への絶対条件なんてあるのか?

ふと、そういう思いがよぎることも。

健康なら幸福か?

財産があれば幸福か?

○○だったら、幸福か?

もしそうだとしたら、もっと多くの人が幸福を満喫しているような・・・

青い鳥を見つけたら、幸福になるわけではなさそうです。

幸福な時って、自分が青い鳥なのでは?

幸福が、どこかに落ちているわけではありません。

自分が幸福だと感じられれば、即、幸福なだけのこと。

その感受性が鈍っていないだろうか?

そのチェック次第で、即、幸福が舞い降りるかも知れないのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月14日

マイナスからの脱却

誰かを非難することで、自分を正当化していなかったか?

そう考えると、思い当たる節が多々あります。

相対的には、正当化できたのかも知れない。

しかし、あくまでも相対的に、だったわけで・・・

“-1”は“-3”より、大きい数字です。

相手を“-3”にしてしまえば、自分の方が大きくなります。

でも、自分のマイナスが消えたワケじゃない。

相対的には大きくても、絶対的にはマイナスの数字。

大きかろうと小さかろうと、マイナスはマイナスです。

プラスになるには、自分が大きくならなければ。

“-1”をプラスにするには、1以上を加えなければなりません。

“-3”を探してきても、何の足しにもならないのです。

誰かを非難したとしても、自分の益にはならないんだ・・・

今ごろになって、そういうことに氣づいています。

ため息のひとつも出そうです。

でも、氣づいただけマシじゃないか。

そう言い聞かすこともできるようになっています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月13日

思いがけないその理由

思いがけないところに原因があった・・・

そういう経験を、何度かしたことがあります。

分かってしまえば、な~んだ♪

でも、思いがけないからこそ、なかなか原因に行き着きません。

後から見たら、まるで見当違い。

そんなことを、一生懸命やっていたりするものです。

なぜ、思いがけなかったのだろう?

原因と結果の間には、1本の道があります。

その道が、まるで見えていなかったわけです。

なぜ、見えていなかったのだろう?

思慮不足、観察不足、○○不足・・・

とにかく、自分に、その能力が不足していた・・・

ただ、それだけのこと。

見つかれば喜び、見つからなければ悔しがる。

そんなことをやっていても、能力向上するわけがありません。

きちんとした道を見分けられるように。

その意識付け、忘れないようにしたいものです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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2008年8月12日

周りのせいにしてきたが

周りはあせってるけど、自分はゆっくりでもいいや・・・

周りがゆっくりだから、自分もノンビリと・・・

氣がつけば、何で自分だけこうなんだ!

こうなったのも、周りのせいだ!!

こんな愚かなことを、繰り返したものです。

いろいろな行動基準を、つい周りに求め、いつの間にかドツボの中へ。

その周りというのが、くせ者でした。

その時その時に、都合の良い人を、周りという概念に。

ですから、その時その時で、対象者が異なっていたわけです。

ただ、自分がやりたくなかった。

ただ、それだけなのに、理由付けをしていました。

そんな言い訳の対象したのが、周り。

結局、周りなんて無かったわけで・・・

自分に正直になるのが怖くて、周りのせいに・・・

そこには、心を見つめるなんて、存在さえしませんでした。

知らなかったとはいえ、勿体ない時間を過ごした・・・

それがあるから、ひとときも無駄にしたくないわけです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これからの一日が、あなたにとって良き日でありますように。

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